冬キャン朝食
区切りがいいからというのもありますが、最近忙しく短めの投稿が続くと思います。
一晩空け、涼はランニング中ずっと柚のことを考え、昨晩の自分に悶えていた。そのおかげか、気持ちの整理が進み柚と顔を合わせても表面上普段通りに振る舞うことができた。
しかし、いきなり昨晩恋人になった――そういう話はしていないが気にしないでおく――相手と顔を合わせた柚は困惑する。
(えっ……わ、私、昨日涼にこ、告白したのよ……ね? ゆ、夢じゃないわよね? だって、だってだって……ウソッ?! あんなこと言って、あんなことしてたの私!? で、でも、涼も私のこと好きって言ってくれたし…………)
涼に起こされ重い目蓋をゴシゴシと擦りながら朝日と富士山、本栖湖の絶景を見て息を呑んで数秒が経ち、柚はようやく頭が働き出した。冬の寒さが気にならないほど顔が火照り出す。
もっと景色を堪能したいところだが、それ以上に涼の方が気になってしまう。
チラッと涼を覗き見ると、涼も柚を見ており目が合った。柚の顔は更に熱を帯びた。
「どうだ、柚。夜の富士山も良かったけど、朝日に照らされた姿が一番美しいだろ?」
どうやら涼は柚の反応を見ていただけのようだ。
こんなにもドギマギしている自分に対して涼の淡白とも言える反応はいったいなんなのだろう。
本当にあれは夢だったのかと思いたくなる柚だったが、真下には昨日の焚き火後が残っている。証拠としては薄すぎるが、柚はそれを見て確信した。
(なんでいっつもいっつも涼はこうやって平然としているのよっ! 昨晩、あんな、ことが、あったのに!!)
涼に対して怒りを感じていると、先程までの恥じらいや気まずさが幻のように消えていった。
涼は柚の本心を知っているので、一挙手一投足で全て理解した。というより、柚の表情の変化からして大体涼の通った道である。
(早起きして時間を置くことのできた僕の勝ちだな。早起きは三文の徳って言うだろ? 悔しかったら僕よりも早く起きればいい)
涼が意地の悪い視線を送ると、柚も涼の言いたいことや考えていることがはっきりと伝わった。
それで再び感情的になれば涼の思う壷だと思った柚は視線を絶景に戻す。
(はあぁ、やっぱり日本人といえば富士山よねぇ。心安らぐわー。ったく、こんなにところでみみっちい争いするだなんてバカにも程があるわよ)
「涼、なんだかコーヒーが飲みたくなってきちゃった。淹れてくれない?」
「了解。やっぱりいい景色にはコーヒーだよな。わかってるな」
「これだけ涼に付き合ってたらね」
「そうだよな。これだけ僕と付き合ってたらそんな気分にもなるだろう」
「絶対そういうと思った。もっと私の心に響くような直球をくれないと私は落とせないわよ。ほら、昨晩のような熱烈な愛を囁いてちょうだい!」
「なら僕は落とせなくていいよ。早いけど一緒に朝食も作るからな」
「はーい」
このくらいの軽口が言い合えるのが一番いいと柚も感じた。
朝食は基本的に和食派の木下家なので、コーヒーのために沸かしているお湯はインスタント味噌汁と炊き込みご飯のアルファ米(加水加熱によって米の澱粉をアルファ化(糊化)させたのち、乾燥処理によってその糊化の状態を固定させた乾燥米飯のこと)に使う。
アルファ米は非常食としても大人気で器要らずのお湯いらず(水だと普通の状態に戻すのに無茶苦茶時間がかかる上にそこまで美味しくない)で、容器に水を注ぐだけで食べられる。
もう洗い物を増やしたくない涼にはピッタリのご飯だ。カップ麺やカップご飯のような大きいゴミを出さなくて済むのにも好感が持てる。
昨日頑張って挽いた豆がまだ残っているのでそれを使う。お湯を沸かして数分のうちに立派な朝食が出来上がった。
「あー、これ昔学校で食べさせられたことあるやつだ!」
「そう、それだ。言いたいことはわかる。でもその時は水で戻したやつを食べただろ。名門のキャンプギアメーカーが作ったアルファ米は結構美味しいから、騙されたと思って食べてみな」
涼がよそった炊き込みご飯を、柚は恐る恐る口に運ぶ。
「んー……味付けはまあまあ……でもやっぱり米が美味しくない。まとめて口に入れればそこそこってなる気もするけど、一粒一粒食べる私の舌は誤魔化せないわ」
「……随分と舌が肥えているようだな。ちっちゃい体してなんて要求の高いやつだ」
市販のアルファ米はとても高い。湯煎やレンジで食べれる米なら一食百円前後なのに対し、アルファ米はその三、四倍の値段はする。
結構自信を持って出したのにここまで言われるとショックだ。周りから人間ができていると評される涼も拗ねて炊き込みご飯をかきこんだ。
ちなみにインスタント味噌汁は柚にも好評で、コーヒーも満点をいただいた。
自作アルファ米を試したことがあるのですが、どれも惨敗しました。成功する未来が見えないので、涼には試させません。