冬キャンブレイクダウン
涼の一人称視点です。
以前にも一度あったことだが、僕は許容量を超えたストレスを受けるとわりとあっさり壊れる。そして冷静になった時、果てしない後悔と黒歴史を背置くことになるのだ。
ほんと、この時の僕は完全に柚に堕とされてしまっていた。
「柚、寒くはないかい?」
「うん、大丈夫だよ! 涼のジャケットの中とっても暖かいからっ!」
「それはよかった。可愛い可愛い僕の恋人が風邪をひいてしまったら、僕は自分を赦せないだろうね。はぁ、なんていいとこなんだろう。本栖湖と富士山の組み合わせは本当に最高だ。願わくば一番良い場所にテントを張りたかったんだけど、柚のことを知られるわけにはいかないからね。ほんとごめん」
「うんうん、いいの。私、涼と一緒ならどんなとこでも大歓迎だもん。それに、ここの方が二人だけの世界って感じがして素敵じゃない?」
ああ、柚の笑顔は冬に咲くどんな花よりも可憐で美しい。夏の間厳しい日々を過ごしていただけに僕の心を大きく揺さぶられた。
肌を寄せ合うように、僕らは同じライディングジャケットなら中に身を包んでいるが、僕の下に着ているライトダウンジャケットが大きな壁を作っている。とてももどかしいが、仕方ないと割り切ろう。
二人だけの世界。素晴らしい響きだ。陳腐な表現に感じるかもしれないが、僕には神からの天啓以上に感銘を受けた。僕は無神論者だけど。
「そういえば、出逢ったばかりの頃、二人して神様がいたらなんで柚にこんな仕打ちをするんだって思ったよね」
「そうね。誰も私のことを覚えていなくて、記録さえ何も残っていなくて、しかも私は故郷から何百キロも離れたところに放置されてた。何度も何度も理不尽な現実を呪ったことかわからないわ」
「柚にいうことじゃないけど、僕はこれが神の悪戯なのだとしたら感謝したい気持ちもある。だって柚に出逢えたから」
もちろん、なにもなかった方が良いのは間違いない。菫に柚を届けた時点で僕らの物語が終わった方がお互いの幸せになったかもしれない。
でも、僕は柚に出逢えたことで人生が変わった。
他人をこんなにも愛せるだなんて夢にも思ってなかった。
そっと柚の髪を撫でる。月夜を全身で受けて光り輝く艶やかな暗色の髪はシルクのように柔らかく、いつまでも撫でていたいほど滑らかだ。時折くすぐったそうに頭を揺らす姿も可愛らしい。
「私もそうかもしれない。辛いことばかりだったけど、涼に出逢えたことと比べれば必要な代償だと思える」
「代償か……僕がもっとしっかりしていれば柚にそんな辛い思いはさせないでいられたのに」
僕の力ではどうにもならないこともあったが、全てが全て起こるべくして起こったと言われると少し傷つく。僕には反省することが山のようにあるから。少しはこうして欲しかったと責めてもらいたいくらいだ。
柚は優しいからそんなことは絶対に言わないとわかっているけどさ。
でも、柚が僕といられることにそこまでの価値を見出してくれていることは凄く嬉しい。
できることなら僕が小さくなって柚の家に転がり込む話になったらよかったんだけどな。
「涼ってさ、私のこといつから意識し始めたの?」
「いつ……いつ、か。一番大きかったのはやっぱり柚に告白されたことだけど、好きになったきっかけはたくさんあると思う。いいや、多分柚と過ごしていくうちに柚に惹かれていったんだろうね。柚は僕のことをいつ好きになってくれたの?」
強いてあげるなら柚が精神疾患を患った時だろうか。あんなに頑張ったことは一度もないし、ずっと柚のことを考えていた。
「そう……私はもう一目惚れかな。だって涼カッコよすぎなんだもん! 私涼が他の子に取られるんじゃないかっていつも気が気じゃなかったんだからね! 幼馴染みの可愛い双子の女の子がいるかと思えば、もっともっと仲良い元カノがいたし、最近は冴なんて新しい子も増えるし!」
どれも僕が好きになるかもしれない、なんて思っていた子たちだった。女の勘は鋭いんだなぁなんて思ったけど、男子校に通っている僕には普段から話す女の子なって彼女らくらいしかいなかった。
空や海はやっぱり妹みたいな感じだし、葵はドキッとさせられることはあっても僕の親友の一人だ。冴は……まあ可愛い後輩だな。弄っていた楽しいし、人柄が抜群に良い。
「たしかに仲の良い子は多かったように見えるだろうけど、僕が好きになるのは初めから柚だったと思うよ。というか、柚以外に考えられない。こんなに愛して止まない女の子他にいるわけない」
まだ柚の髪を撫で回したまま強く断言する。不安にさせていたのならこれも僕の落ち度だ。小さな小さな恋人にこれ以上重荷は背負わせられない。
何故か焚き火とは別の方から熱を感じた。
よく見ると柚の顔が発火しているのではと心配したくなるほど赤くなっている。可愛いなぁ。
これ以上その話題に触れていると柚の精神が保たなそうだし、そろそろ締めを始めようかな。
「せっかく焚き火をしているんだし、マシュマロでも食べる?」
「……う、うん。そうする。…………涼ってデレるようになるとここまで破壊力が増すのね。私もつい乗せられて色々恥ずかしいこと言っちゃった……。しばらくはいつも通りに接してもらお。もう私の体力が保たないわ」
何やら柚がぶつぶつ呟いているが全く聞こえない。
もう伝えたいことはなんでも打ち明けられる関係になったんだし、必要なことなら僕に言ってくれるよな。
僕たちはその後小さなマシュマロパーティーを開いき、ある程度片付けを済ませてから眠りについた。
今日は七夕ですね。
相変わらず季節が真反対なので存在を忘れていました。イベント書きたかったなぁ。イフストーリーで書くかも。