王子さまから見た妖精
「私は……涼のことが好きっ!! だから、ずっと、ずっとずっと一緒にいたい!」
涼は薄々そんな気がしていた。
多感な女子高生がずっと同じ男とひとつ屋根の下で暮らし続けるのだ。よっぽど男に落ち度がない限りその女子高生は「私にはこの人しかいない!」という心理に陥ってしまうだろう。
ストックホルム症候群という精神疾患があるように、異質な経験をした者は、たとえ敵であっても身近にいる者を愛してしまうものだ。
きっと柚にそれは僕しか今この世の中の男と出逢えないからだよ、なんて告げても「私は絶対どれだけの男と触れ合っても涼を選ぶ!」と宣言するだろう。
少し前までの涼なら、受け止めたあと柚の心を上手く誘導する形で逸らしたに違いない。
これはこれで明らかに精神疾患の類だと涼は受け取ってしまうから。
だが、今の涼はそんな心理的現象を無視して柚を真正面から見つめる。
母親の椿に恋愛への壁を取っ払うよう言われてから、涼は周囲への認識が大きく変わった。
誰も好きになったことがない。なる時好きになるものなんだろうと他人事のような気持ちで過ごしていたが、今は自分のことだとハッキリ分かる。
涼の世界に足りない桃色の絵の具が追加され、色彩の印象が改まった。
柚の告白を嬉しく思う。
今まで告白された時も同じように感じたが、今回は今までで一番嬉しいし、心を揺さぶられた。
三半規管が揺らいだのではと思わせられるほど、涼の視界は安定しない。
「嬉しいよ。すっごく嬉しい」
何も話さないわけにはいかないので、とにかく思った言葉を口にした。
この後何か繋げないと、と先の言葉を模索するが、一向に思い浮かばない。
もちろん、柚を一生支えるつもりだし、ずっと一緒にいるつもりだ。
だが、今話すべき言葉はソレではない気がした。
(僕は柚のことをどう思っているのだろうか。その答えを、今、伝えなければ不義理というもの。柚、柚、柚……)
はじめに涼が思ったことは河原で柚を見つけた時。
これまでの人生で一番驚いた。なぜなら精巧な人形が喋って動いたから。触ったら人肌を感じたから。
話してみるとかなり我儘で俗っぽく、もし普通の人間だったならあまり好きになるタイプではない性格だった。しかし、この妖精のような姿で話されると、一般的な感性を持っているはずの柚がとても面白く見えた。
何より弄っているのが楽しいし、理系的にその体の秘密を色々知りたいと思った。
でも、故郷を案内された時はとても楽しく、むちゃくちゃ恥ずかしい目に遭ったがとても新鮮で良い気分だった。別れるのがすごく惜しいと思えた。
その後あんな事実が突きつけられ、柚を本気で心配した。
柚の母親、菫に渡すなど選択肢がほかにあったとしても涼は柚を引き取ろうと思っただろう。
一緒に過ごしてみて新たに思ったのは、人間と同じような生活を送るには様々な困難が待ち受けているのだな、ということ。
自分でトイレに行くことも、料理をすることも、風呂に入ることもままならない。
小動物のように草を食べたり虫を食べたりはできまい。元が人間だっただけに厳しすぎると思った。
他には服を揃えたり、SNSに投稿する用の料理を作ったりと大変だった。一般的な高校生は大変だなぁと思ったものだ。
数ヶ月一緒に暮らして、柚は大きな鹿とか出会って精神疾患を負った。柚が脆いとは思わないが、やはり妖精の姿の生活は修羅道だと思った。
涼は全力で柚の治療に取り組んだ。こんなに本気を出したことは今までにない。副次効果として学業の成績が伸びた。涼にとってはどうでもいいが。
涼は柚に対して過度なほど干渉している。ただの同情じゃ済まないほど関わった。
周りに押し切られたとはいえ、柚のために塾の経営を始めた。最初はあまり乗り気ではなかったが、今では生き甲斐に近いほど楽しい。近所の子どもが通っているというのもあるが、柚のアルバイトにピッタリという理由もある。
今まで教師にはなるまいと思ったが、案外悪くないと思った。
他にもバイクを買ってから柚を乗せてみたり、椿にあんなことを言われたあと文化祭に一緒に行ってドキッとしたことなど思い出は多数ある。
涼は数瞬のうちに柚との思い出を振り返った。
そしたら自ずと自分の気持ちは固まった。
「僕も……柚のことが好きだ。ずっと一緒にいたい。いや、一緒にいてくれ」