冬キャン本音トーク
(今まで全く考えようとして来なかったけど……私って子孫繁栄を目指す動物の世界では完全に終わっているのよね。同じ種族の相手がいないんだから……)
人間と同じ感情を持っているために涼を好きになったが、本来柚と涼は結ばれてはならないのではないかと考えずにはいられなかった。
真冬の湖畔の凍てつく寒さが柚を襲う。
こういった突発的な衝撃にはだいぶ慣れてきたと思ったが、今回は柚の根幹を揺るがすものだ。
柚は、いや、たった一人の妖精は人間と共存することはできても、共栄することはできない。
電流を流されたかのように柚はブルブルと震えだす。
「柚……どうした? 寒いのか?」
「う……ううん。だ、大丈夫。そこのカイロをくるんだハンカチを抱きしめれば温かいから」
「そうか。体温調節の聞きにくい身体だろうから注意しろよ。まあ、逆に身体が小さい分温めるのも容易いのだがな」
「そ、そうね。こんなカイロ一つで暑いくらいだもん。この体が便利にできてるってこともあるけど、文明の利器が一番凄いと思うわ」
(この体が便利? そんなわけないじゃない。私はたとえ何を失ったってもとに戻りたいわよ)
諦めたはずの欲が生まれてしまった。一度想起されると心を留めることなどできず、柚は焚き火をぼーっと眺めるように見えて、頭の中は渦巻のように激しく回る。
心のなかの柚は閉塞感のある暗い昏い闇に囚われ、身体をかきむしり、どこにもない希望の光に手を伸ばしている。
歩くこともできず、声はかき消え、光は絶えた。
自身の心拍すら聞こえない。ただただ圧迫感が柚を襲った。
寒い、そう感じることもなくなった。苦しい。
狂いそうだ。
「柚……本当に大丈夫か?」
「…………も、もちろんよ!」
「はぁ。嘘だな。どれだけ柚と一緒にいると思ってるんだ? 何回そうやって柚は悩みや不安を溜めてきたと思っているんだ? そんな顔色してて僕を騙せるわけ無いだろ」
柚が虚ろな瞳で涼を見つめると、彼は今まで見たことないほど慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべていた。
涼のただでさえ秀麗な顔が、焚き火の僅かな光量に照らされ、普段の倍はカッコよく見える。
絶望に堕ちそうになったとき、薄氷が割れるような音とともに光の筋が何本も柚を貫いた。
「…………」
柚は口をつぐんでカイロの入ったハンカチに顔を埋めた。
光が眩し過ぎる。
盲目になった人が光を取り戻した時、衝撃が強すぎて初めは目を開けられない、ということがある。闇に慣れた者が急に光りを浴びても馴染まないものだ。
「まだキャンプに何か思うことがあるのか?」
涼は柚が不安を抱いていることをわかっても、何を思っているかまではわからない。
涼が思い当たるのは前回のキャンプのトラウマだ。まだ動物と出会ったわけでもないが、海とはいえ動物のドキュメンタリー映画を観て思い出してしまった可能性は大きい。
ふるふると顔を埋めたまま柚は首を振る。
涼は柚の子どものような姿に、不謹慎にも可愛いと思ってしまった。
(木下塾の生徒たちにもそんな仕草をしていた子がいたなぁ)
「なら、なんで顔を埋めているんだ?」
「別に、こうしていたいだけ!」
声がこもって聞こえにくい。
柚はこれは自分の問題だと、涼に弱みを見せまいと自分の殻に再び閉じこもろうとしていた。
だが、柚をここまで守ってきた涼がそれを許すはずがない。
涼は柚の腹を摘み上げ、ハンカチから引き剥がす。ちゃんとお互い顔が見えるよう柚を両の掌に乗せる。
「そのまま僕の手の中で丸くなるのはなしだからな」
「わ、わかったわよ」
柚は涼に優しくされてだいぶ心が落ち着いた。まだもやが渦巻いているが、勇気を振り絞って顔を見せる。
「で、何に不安を抱いてるんだ?」
「べ、別に、私って一人ぼっちなんだなって思っただけよ」
「一人ぼっち? 僕と暮らしてるじゃないか」
「ううん、そういうことじゃなくてね。なんでいうかなぁ。私って……こう、種族的な意味で一人ぼっちじゃない。もう絶滅した認定よ」
流石に異性相手に交配できる相手がいない、などと言った話をすることは恥ずかしすぎるので、曖昧にしか言えなかった。しかし、涼は柚の言いたいことを全て理解した。
「なるほどな。柚と同じような子がいるって話は今までに何度も調べたけど、全く出てこなかった。僕らみたいに隠しているだけでいる可能性がないわけじゃないが、出会える確率はほぼゼロだろう」
「うん。そう……だよね」
柚は少し俯いて肩をすくめる。涼にそう断言されると覚悟していたとは言え心が痛い。
涼は柚の様子を見て顔を顰めるが、数瞬のうちに覚悟を固めた顔付きをした。
「……もうそれは諦めるしかない。柚に悪いが、ここではっきり言っておく。今までなあなあにしてきたが、僕では柚をもとに戻すことは絶対にできないし、今後何か起きない限り探ってやることもできない」
涼は今まで厳しい、とか可能性が低いと言った僅かに柚に希望を持たせる含みのある言葉しか言ってこなかったが、初めて無理だと断言した。
自分の力ではどうにもならないと認めた。
冬キャンはこれからも枕言葉のように意味なく付いていきます。