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妖精の住処  作者: 速水零
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冬キャンロードショー

 柚用のハンバーグを炭火焼きしようと思ったが、出来合いのものをちぎって焼こうにも、網から落ちてしまうので、結局涼の分を分けることとなった。


 滞りなくバーベキューを終え、片付けを済ませる。


 洪庵キャンプ場は湧き水を利用した水道があり、食器は簡単に片付いた(端の端を利用しているからすごく遠いのだが)。


 これからどんどん気温は下がっていくので、まだまだ焚き火は焚き続ける。


 網を置く必要がないので、バーベキューグリルからはみ出る勢いで薪が置かれ、火が燃え移っていく。


 厚着を持ってきていないタオルを巻いた柚も、これだけ火があれば暖が取れるだろう。


「夜の富士も綺麗ね」


「暗くて見えにくいかと思ったけど、今日は晴れてて月明かりが照らしてくれるからな。最高だ」


「涼はまだこのキャンプ場来たことなかったんだっけ?」


「ああ、名前だけしか知らなかった。だって自転車でここまで来たいと思うか?」


「いやね。うん、私十万くらい貰わなきゃ来ないわ」


 道志みちはオリンピックのロードレースに選ばれるほど過酷な勾配をしており、山中湖を超えてからも高低差のある道を進んでいく。


 仮に道志みちを通らずに国道246号線で御殿場付近まで行って山中湖を目指しても、大きな峠を越えなければならないので、面倒さは変わらない。


「だからこれからとても楽しみなんだよ。バイクだったら一日三百キロ移動しながらキャンプできるじゃん。北海道の夢も近いなぁ」


 流石に高三の受験期に呑気に長期間北海道ツーリングに費やすつもりはない。だが、大学に入れば長い夏休みが待っているので、北海道ツーリングができる日も遠くないはず。


「焚き火の火を見ているとすごく落ち着くわね」


「柚も文明人なんだな」


「それどういう意味?」


「言った通りだよ。火が怖くないんだな」


「まあ、元人間だし? でっかい動物は怖いと思っても火は案外怖くないかな。私からすればその焚き火はビルが燃えてるくらい勢いがすごいけど」


 怖いのは予測ができず、身の危険を感じることなのだろう。火は近くに燃えるものがなければ比較的安全に対処できるが、野生の動物はそうはいかない。


 理性で行動できる柚は当然人間よりの本能を備えていた。


「なるほどな。やっぱりこの時間が一番いいよ。落ち着いているってのもあるけど、自然に囲まれているってテンション上がるよな」


「野生人」


「うるさい」


「これから何するの?」


 早めに夕食を食べ始めたからか、まだ8時を回ったばかりだ。


 普段の木下家ならデカフェのコーヒーや紅茶を飲んだり、まったりできるフレーバーティーを飲んだりして時間を潰す。


 いくら景色に感動しても何時間もそれだけで満足できるわけではない。このまま寝るのも味気ないので、涼はタブレットを取り出した。


「おおっ、映画観るの?!」


「まあね。辺りも暗いし、こういうのが一番いいだろ」

 

「今回はもうホラーなしだからね!」


「わかったよ」


 前回半分無理やりホラー映画を観せられたことをまだ根に持っているらしい。


 涼はドキュメンタリー映画を流す。海の生き物をテーマにした作品で、大自然の美しさがリアルに伝わってきた。


 山の中で観ているが、同じ大自然ということでとても臨場感を味わえた。


 食物連鎖のピラミッドを自覚させられる。柚は半年前鹿に食べられそうになる恐怖を味わったばかりで、特に見に染みていた。


 親子の絆で涙を誘うシーンが現れる。


「うっ……うっ…………」

 

 柚はこういう泣き要素満載な展開に弱いのか、自分よりも遥かに大きい動物たちのハートフルストーリーに涙を零す。


 涼もうるっと来るものがあったが、なんとか堪えた。


 パチッパチッと薪の爆ぜる音を聴きながら、涼たちは映画を観続けた。これがまた良いのだ。たまに消えかけるのを観て涼が慌てて薪を追加したり移動させたりする。


 やがて2時間以上にわたる超大作を観終え、エンドロールが流れた。


「はぁ、感動」


「むちゃくちゃ泣いてたな」


「いいでしょ別に! こんなの観たら泣くしかないじゃん! この大自然の中で観るのも雰囲気倍増させてるんだからね!」


「逆ギレするなよ。別に弄ってるわけじゃないから。でも、こういうところでこんな映画を観るってのも乙なもんだろ?」


「ほんとにそうね。……なんだか自分をすごく見つめ直したわ」


 柚は富士山を遠目で見つめ、ポツリと飾り立てていない本心を漏らした。


 もう自然とどんな人間を見ても大きくて驚くこともないほど慣れたが、普通に考えておかしいのだ。いや、何度慣れたと思っても違和感がたまに生まれるのだが、頻度がどんどん少なくなってきた。


(今まで全く考えようとして来なかったけど……私って子孫繁栄を目指す動物の世界では()()()()()()()()()のよね。同じ種族の相手がいないんだから……)


 人間と同じ感情を持っているために涼を好きになったが、本来柚と涼は結ばれてはならないのではないかと考えずにはいられなかった。

ここからシリアス入ります。この章本番ですね。

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