冬キャン出発
涼のバイクはスポーツバイクだ。MotoGPという車でいうF1レースと同じようなバイクレースで勝つために作られたバイクの低排気量モデルで、タダでさえ積載を捨てているバイクの中でもさらに積載量が少ない。
以前ロードバイクでキャンプをした際は小さなバッグに柚を入れていたが、今回涼の装備は大きなシートバッグのみ。タンクバッグを付けるのもありかと思っていたが、アルミ製なので磁力でつけることは出来ない。吸盤方式はなんかヤダ。
スクーターとは違いシート下に大きな収納スペースはなく、柚は涼のライティングジャケットの胸ポケットの中に入っていた。
今日は以前銀と道志みちを走ったルートをそのまま走り、山中湖経由でキャンプ場を目指す。
今は国道246号線を抜け、県道に入ったあたり。
「バイクって走ってると風が心地よいとか言うけど、むっちゃ寒い!」
いつも通り柚用のスマホと涼のスマホをringの通話機能で繋ぎ、会話できる状態にしてある。
インカム同士の接続よりも通信は安定しないが、会話に支障はない。
246は信号で止まることが多く、渋滞もあったので痛快な走りができなかった。逆に柚は救われていたみたいだが。
「冬だからな」
「な、なんで涼はそんなに平気そうなのよっ」
「そりゃ柚と違ってこのジャケットの下にウルトラライトダウンジャケットとハイネックのTシャツ着てるからな」
「何それズルい! 私にもダウンちょーだいよ!」
「売ってなかったのか? あんなコアなファンに支えられている産業だし、冬バージョンとかありそうなものだけど」
大きなお友達がたくさんお金を落としてくれるお人形業界は、ファンサービスがとても行き届いているらしい。
その分小さな服でもとても高いが、柚はアルバイト代をここくらいにしか使えないので、そこそこ自由に買っている。
「あったわよ、あったけど……外に出ること無かったから買ってなかったのよ! 気がついた時にはもう間に合わなかったし」
「自業自得と言いたいところだけど、その体で長時間寒さに当てられるのはまずいか……ちょっと待ってな」
涼はコンビニに立ち寄り、貼るカイロを買った。
柚にとってカイロは低温火傷しやすい危険物だが、使い方を工夫すれば安い暖炉代わりになる。
涼は柚の入った胸ポケットの裏に着いているプロテクターにカイロを貼り付けた。このプロテクターは所々空気穴が空いていて風を通しやすい。カイロの熱波が程よく柚を温めてくれるだろう。
「どう?」
「ああぁぁぁぁ、あったか〜」
「あと顔出さなきゃ寒くないから」
「は〜い」
県道を進むと森の深みに入っていった。
辺りは明るく日が出ているのに、気温がガクンと下がり、冷えきった風が涼達を襲う。
早めに柚の防寒対策を済ませておいて良かった。
「危うく凍死するところだったわ」
「この辺は標高以上に空気が冷たいからな。正直ここまで厚着していても少し寒い。やっぱり普通のTシャツじゃなくてヒートテックとかにしておけばよかったかもな。一応もう一枚羽織れるように持ってきたから後で着よう」
「いいなぁ。私もうここから出られない体になっちゃった」
「カンガルースタイルが板についてるじゃないか。もうそこをキャンプ地とするか?」
随分昔にやっていたテレビを思い出す。人のジャケットのポケットが寝床だった放送回は一度としてないが。
「えぇ、それはヤっ! でも……ここから出られない。私は一体どうすればいいの!?」
コタツから出られなくなったぐうたらのようにブツブツと言い訳を並び立てて言った。
「まあ、道志みちはまだ続くし、後で考えなよ。ほら……加速するぞ」
「えっ……ちょっ…………まっ!!」
涼はギアを一つ落とし、スロットルを捻る。
ジェットコースター並のGが涼たちにかかる。道志みちの無数のカーブをひらりひらりと走り去っていく。
以前銀と走った時に銀から盗んだテクニックがとても役に立った。後ろに大きな荷物を載せているが、まるで関係ないように疾く駆ける。
「ちょっ、と、止めて止めて止めて!!」
「どうしたんだ柚。ここからが本番だろ?」
「いや、もうそれ以上は法律的にアウトなんじゃ……前々から思ってたけど、涼ってハンドル握るとちょっと危ない方向にイカない? 性格変わるってやつ?」
柚は初めて涼と出会った時のロードバイクを思い出す。あの時も涼は柚の静止の声を聞かずに走っていた。
前回銀と走った時は道志の道の駅で休憩したが、今回はさらに先まで一気に進もうと思う。
どうせ休むのなら富士山を堪能できるところでゆったりと眺めたい。
涼は凍え始めた身体の悲鳴を無視し、さらにスロットルを捻った。