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妖精の住処  作者: 速水零
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冬キャン支度

「おはよう!」


 涼が日課のサイクリングから帰ってくると、玄関に柚が大きなリュックサックを背負って佇んでいた。


「おはよう。珍しいな、柚がこんなに早起きしているなんて」


「そりゃもう、今日は待ちに待ったキャンプ! いてもたってもいられないわ!」


「そうだな。最近行ってなかったから僕も待ち遠しかったよ。でも、今回はそんなに遠くないしバイクで行くんだから昼前に家を出るぞ」


「ええぇ……早く行こうよぉ〜」


「行ってもいいけど何もすることがないからな。早く起きたなら来週の教材作りでも進めたらどうだ? それに、どこから持ってきたか知らないけど、柚はリュックサックなんて持つ必要ないから」


 アニメで見かけるような、自分の体が何体も入りそうなほど丸くて大きなリュックサックだが、涼から見れば筆箱の方がもっと沢山入る。


 柚に荷物を持ってもらう必要はない。


「なんか仕事する気分じゃないんですけど……」


「じゃあテスト直しでも進めるか? 冬休みの宿題にしたはずだが」


「それはもっとヤッ!!」


 柚はぐるぐる辺りを走る。涼は柚を見ていると幼児退行していないかと不安に思う。


 前はこんなにキャンプに熱意を持っていなかったが、最近見たアニメにキャンプシーンがあったらしく、ずっとこの調子だ。


 涼にアタックすると言う真の目的を完全に忘れているが、同じ趣味を共有できるのは涼の至上の喜びなので、図らずも作戦は上手くいっていた。


 涼はバタバタはしゃいでいる柚の隣を通り、脱衣場に入る。神奈川県の冬は寒く、空気が乾いているので汗はほとんどかいていないが、ここでシャワーを浴びるまでが日課だ。


 普段よりも熱めのシャワーが心地よい。


 カラスの行水が如く手早く体を洗い流し、涼は部屋着に着替えた。まだ家を出るまで3時間近くある。今はゆったりと朝食を食べたい。


 いつもなら涼一人で朝食をすませるのだが、珍しく柚も起きている。まあ、柚の食事を用意するのは全く手間ではない。


 炊いてある米を盛り付け、味噌汁と愛から貰った漬物、それに納豆と野菜ジュースを用意する。


 小粒納豆といえど妖精サイズの柚からすればそら豆並に大きい。柚が食べやすいように予め数粒取り出し、包丁で刻んでおく。柚にも涼と同じものを用意した。


「ほら、朝ごはんできたぞ」


「ありがと」


「こうして朝ごはんを一緒に食べるなんて珍しいよな」


「何回言うのよそれ。まるで私がいつもお寝坊さんみたいじゃない」


「いや、いつもお寝坊さんだよ。僕が学校行く時に起きるじゃないか。その体になって生活習慣乱れていってないか?」


「ウっ……そ、そんなことないわよ! ちゃんと夜は寝てるし、三食食べているもの」


「運動は?」


「それは……たまに」


 柚は俯いて蚊の鳴くような声で呟いた。涼は全く聞き取れなかったが、やっていないことは明白だ。


 別に涼に責めるつもりはない。


 ただ、よくダイエット特集やらモデルの生活なんて雑誌を読んでいる柚をからかってやりたいだけだ。


 いつも面白い反応を見せてくれる柚は、涼にとって最高の人形なのである。今も自然と顔がニヤけてしまった。


「な、何よその顔は!」


「別に……なんでもないよ」


 急に顔を真っ赤にして怒り出す柚を見て、涼は笑いを堪えきれずに顔を逸らした。


「絶対なにか変なこと考えているでしょ……ったくもー。それでいつ出発するの?」


「しおりに書いた通り9時半くらいだな。お昼は向こうで食べようか」


「良いわね! でも、やっぱり私だけバッグの中でお留守番なんじゃない?」


 柚を公衆の面前に晒すわけにはいかない。外食する時はいつも柚一人バッグや涼のコートの中で待機していた。


 もっとも、その鬱憤を晴らすように前々から話題となっている宅配サービスで遠慮なく注文するのだが。


 どれも柚一人では食べきれないので、涼は外食する時は家でも一人前平らげなければならない宿命にある。


「いいや、今回はキャンプ場で作ることにしよう。現地で何か美味しいもの買ってさ」


「それ最高! 涼やっぱ神だわ! 何食べる?!」


「今朝食を食べているんだから昼ごはんの話はいいだろ。食い意地が張っている人形だなぁまったく」


 涼がそういうと柚は顔をふくらませ、言外に発言の撤回を要求した。


 とても可愛らしく面白い顔をしているので、思わず涼はスマホで写真に収める。


「あっ、今撮ったでしょ!」


「ああ、撮ったが……何か問題でも?」


「何盗撮しておいて平然としているのよ!」


「ふっ、人形を勝手に撮って捕まる法律なんてない」


「私はそんなこと言ってんじゃない! 恥ずかしいとこ撮らないでよね!」


「なんだ、恥ずかしい自覚があるのか?」


 涼は才能に溢れる青年であり、人の揚げ足を取るのも上手い。冴が言うように元からいじめっ子気質だからとも言える。


 柚は憤慨して椅子(インテリア用の小さな椅子で、柚に驚くほどサイズが合う)から立ち上がる。


 とても怒っているようだが、柚自身とても悪い気分ではない。こういった日常の一幕が大好きなのだ。もっと弄られる頻度を減らして欲しいとは思うが、涼が自然に笑っているところを見ると怒るに怒れない。


 その後も仲の良い食事風景は続く。


 ゆったりと紅茶を嗜み終えると、既に出発の準備を始める時間になった。


 涼は以前買った大きなシートバッグをバイクに載せ、ナンバープレートに着けたフック箇所と、タンデムステップ近くにあるフック箇所の四点にフックを取り付け、固定する。


 今回は二泊三日だが、柚の装備は小さく、元々涼は自転車でキャンプをしていたほど荷物はコンパクトに纏まっているので、大きなシートバッグ一つで事足りた。


 これから先長旅をするとなるとサイドバッグも必要だろう。どんなサイドバッグが良いか検討しつつ、涼は旅支度をしていった。

冬装備って嵩張るんですよね。荷物多めの僕は三泊以上すると確実にサイドバッグが必要になります。

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