冬キャン準備
私立高校の冬休みは早めに始まることが多い。
終業式はクリスマス前くらいにあるので厳密には冬休みはそこまで長くないが、学生からしたらテストが帰ってきたあとはチョロっと学校に行かなければならない冬休みでしかない。
(やっぱりキャンプに行くとしたらこのタイミングしかないよな)
涼は期末テストで学年3位を取ったぐらいなので、補習対象にはならず、これから先2、3回程学校に行くだけで良い。
しかし、木下塾は通常営業なのでずっと遊ぶ訳には行かないが、今行くのには理由がある。
(今年度中のどこかのタイミングで帰ってくるとは言ってたけど、まさか年末年始に帰ってくるなんてな。いや、あの人らしいっちゃらしいけどさ)
年末は社会人も休みなので家族客が多いということもあるが、一番の理由は海外に単身赴任している父親が帰ってくるからである。
父親の対応は非常に楽だが気が重いので、その前後にキャンプではっちゃける気分にはなれない。
涼の父木下司は人間らしい感情をほとんど失っているロボットのような人間だ。涼の母親黒瀬椿が涼を置いて出て行ったのは司の性質が原因である。
精神が成熟してきた涼からすれば大人の対応をすれば気軽に対処できるが、この人が自分の父親だと思うと大きなギャップがあり、心に良くない。
涼が無事に暮らせていて、成績も上位を取れているということで、今までは仕送りと木下塾運営に際して様々な支援だけしてきた。高校入学から今まで一度も帰ってきたことはない。
何故今帰ってくるかと言うと車の車検が切れるということと、一応高校生で一人暮らしをしている息子の様子を見に行くというポーズを取るためだ。
車検が切れても臨時ナンバーを取れば問題はないが、涼の様子も見なければならないということで帰ってくるらしい。
ちなみに、涼はまだ十八歳になっていないので車を動かすことは出来ないが、カーシェアリングで何度も人に貸しているし、メンテナンスは銀の力を借りながらだが個人でできている。
(一応火曜水曜はダメだから、木曜日から二泊三日で行くのがいいかな? 場所はどこにしよう……というか柚のための装備も考えておいた方がいいか。夏と違って冬キャンプは防寒装備整えなきゃいけないし)
冬のキャンプはハードルが高い。
夏は蚊やノミ無視を気にしなければ正直テントなしでもなんとかなる。
しかし、冬は防寒のために生地が厚めのテントにロールマット(もしくはコット)、それに耐寒がしっかりした寝袋を揃えなくてはならない。
焚き火をして暖をとったり、暖かいスープを飲んだりして寒さを凌ぐことも必要となる。
しかも柚は脂肪も少ないので、外気温の影響を受けやすいはずだ。夏は精神疾患の影響で全く外に出なかったのが、今思えばその生活自体は正解だった。
小さな毛布を持っていけば大丈夫なのか、スマホで色々検索していると、犬用のキャンプ道具が出てきた。
柚が涼の家に住み始めた頃は貴族おうちセットなんて素晴らしいものはなく、小型犬用のベッドで過ごしていた。犬用のキャンプ道具でも文句はないだろう。
表面積は人間のものと比べ物にならないほど小さいのだが、思った通りそこそこ高い。
木下塾によって懐が潤ってなければ色々苦労しただろう。
涼はいくつか柚のキャンプ道具をネット通販で購入する。
(あと考えることがあるとすれば……どこに行こうかな? もうこの時期になると路面凍結が起こる地域も出てくるし、夏しかやっていないキャンプ場も多い)
前の伊豆キャンプは柚に海を見せたいという目的があったのでそこにした。
よって今回も柚の意見を聞いてからの方がよいだろう。柚に聞いてみる。
「あー、キャンプ場ねぇ。私この辺に住んでなかったからどんなとこがいいのかわかんないのよね。うちだったらキャンプに行くとすれば東北や新潟、長野だけど、もうキツくない?」
「今回はバイクだからな。柚の住んでいた地域はこの時期雪降ってた?」
「普通は降らないけど、年によってはあったわよ。北の方はスキー場もあるくらいだし、避けるのが無難じゃない?」
柚はスマートフォンに地図アプリを開いて良さそうなところを調べる。地理をやっていることもあり、ある程度日本地理にも精通してきたが、キャンプ場に適したところとなると首を傾げる。
「今まで涼はどうしてたの?」
「僕は青春18切符で電車の旅をしながらキャンプしてたな。まあ、基本的には安いカプセルホテルを利用していたけど……」
「ホテル……」
柚の頭に桃色の思考が巡るが、涼は全く気が付かない。そんな対象として見ていないのもあるが、調べ事に夢中だった。
「キャンプ場のリベンジとしてはそんな選択なしだな。前回は海を見に行ったってことで、今回はどこを見に行きたい?」
「んー……見たいものかぁ。海は最近割と涼のバイクや自転車にくっついて湘南の海を見てたからパスとして……あっ! 私富士山見たい!!」
日本全体が見えるように地図を縮小すると大きく富士山が見えた。
あの付近は円を描くように周囲に何も無いので、日本最高峰という以外にもかなり目立つ。
柚は元々栃木の田舎に住んでいた。
基本的に都心に憧れを抱いているが、日本人として富士山を眺めたい欲も大きい。
「そうか。じゃあ富士五湖のどこかに行ってみるか。五合目までの道はダメだろうけど、あの辺ならまだギリギリ走れるだろ」
方向性は決まった。
その後しばらく話し合いを続け、前回みたいにしおりを作ることにした。
最近この作品が冬なのでリアルの季節感を忘れてしまうことが多いです苦笑。