担任の安堵
「ぜ……全国15位!?」
「まあ、はい。前回の模試の総合順位ですね。かなりよくできたと思います」
最近成績を見せて驚かれて謙遜してってことが多い気がする涼。
実際すごい成績なので、知らない人からすれば驚くなという方が無理な話で、仕方のないことなのは理解している。
体験授業を受けた子の保護者は多数いるし、最近は白や椿にも驚かれ、今は笑だ。
自分の価値を上げて置かなければならないので言わないわけにもいかない。自慢しているようであまり気は進まないが、涼は自分をただの高校生ではないと見せつけることにしている。
(木下さんって私よりも6歳も下なのよね。私が中学1年生のときにようやく小学校に入学するほどの年の差。なのに、やっと社会人に慣れてきた私以上に大人びていて、しっかりしてる。やっぱりこの子が教えたから最近あの子たちがぐんぐん成長したのかな? こういう何をやっても華麗にこなして見せて大成していく人大学にもいたけど、それと同じ匂いがする。いや、それ以上)
笑は一応資料の続きを読み進めながら、涼という人間について考える。
もう涼に子どもを任せられないと糾弾する意思は笑にはなくなっていた。
それよりもまた暴走してしまったという後悔が押し寄せてくる。
自分がどれだけ失礼を働いたのかを自覚し、あれだけ捲し立てるように攻め立てた自分を攻め返さない人格者な涼に恥を覚える。
「本当に、とても素晴らしい成績です。この成績表からしてあの塾が主催している模試でしょうか?」
「はい、僕の高校はみなこの時期に受けさせられるんですよ」
「それでこの偏差値はすごすぎますよ! 普通の全国模試よりも偏差値が10以上落ちると言われる難関大受験生向けの模試で偏差値70を軽々超えるだなんて信じられません! そういえば、今更ですが高校2年生ということはそろそろ受験勉強に入るのではありませんか? そうされますと塾の運営は厳しいのでは?」
笑の出身校は国立大で自分も高校2年生の終わり頃から必死に受験勉強を始めた。
懐かしくも二度と思い出したくもない思い出が、頭の中でシャボン玉のように無数に浮かんでは消えていく。そうか、目の前の青年はあの頃の私と同じ年なのか。
そう思うと笑は涼のことを可愛いと思ってしまう。カッコいいカッコいいと周りでは騒がれまくる涼だが、歳が離れた相手からすれば可愛いという感情を抱きやすくなる。もちろん涼と同い年のアイドルを画面や紙面越しに見ればカッコいいとも思うが。
「まあ、そう言われることも多いですね。以前も保護者との面談のときに言われました。でも僕は最難関大学の医学部を目指しているわけでもありませんし、授業をやっていても相当の勉強時間は稼げています。この成績の維持とまでは言いませんが、来年の12月までこの木下塾の運営をしながらでも有名校には入れると自負しております」
「確かにそうでしょう。この模試でこれだけ得点が取れるということは、難関大の入試にもこの時点である程度戦えているということ。一年コツコツ更に勉強を積み重ねれば学部を気にしなければどこの大学にでも行けると思います」
自分の受験期の様子ではそんなアルバイトに割ける時間などまるでなかったが、涼ならそれをしてでも自分よりも好成績が納められるに違いないという確信がある。
話をしていて涼なら当然のように受験勉強と塾の運営を両立してしまうのだろうと思わされた。
(こんな子もいるんだなあ。木下さんって子どものころどんな子だったんだろ? きっと天使のように可愛かったんだろうなぁ)
しばらく涼と笑は受験について語った。
本気で受験勉強をしていた笑の話は重たく、涼と冴はじっと耳を傾ける。
教育学部の人達は将来のことと趣味と実益を兼ねて塾講師をしている人達が多いらしく、笑は大学生時代に教えていた受験生たちの苦悩を語り続けた。
あまり勉強で困ったことのない涼は前々から基礎を積んでいないから苦労するんだ、と冷ややかな気持ちで聞き流す。教育家の親を持つ冴は何度も頷いて共感していた。
「僕らは子どもたちの今後の学習に向けての土台作りをメインに授業をしていくつもりです。親御様でも家庭で行えることを友達と遊びながらできる環境を作っているに過ぎません。この場には毎回数人の保護者が授業風景を見に来られますので行き過ぎたことにはなりませんし、僕が決めた授業に不平不満があればきちんと聞いて訂正を重ねております。ですので、西澤先生が考えるような酷い事態にはならないと断言いたします」
笑の話を聞いていたらいつの間にか一時間以上経っていたので、涼は話を区切り総括を始める。
笑もまた暴走して話し込み過ぎたとバツの悪い顔をし、深く頷いた。
そもそもいくら怪しい塾であっても法を犯していない以上笑が糾弾できる立場にはないのだ。
ても、木下塾への不安はもうほとんどないので、笑は安堵する。ここならば自分が口を出すことは無い。
何かあれば保護者たちが相談に乗ってくれて、かつ涼の父親も支援をしているらしいので、大変なことは大人に任せればいい。
その後いくらか笑が涼にどんな授業をしているのか質問していき、教材の一部を笑のスマホに送った。
「これだけの仕事をしながら勉強もしているのですか?!」
毎度指導案という授業計画表を作っている笑は涼の仕事の大変さを身に染みている。
「いえ、実はこの塾は僕一人で運営している訳じゃなくて、この教材を選んだり、説明用の資料を作っているのは僕の友達なんですよ。もちろん内容を精査するのは僕ですけどね。そのおかげで僕は教える時間と少しの事務作業と少しの教材作りしかしていません」
「あ、そうだったんですか.........」
「え、そうだったんですか!?」
(あ、冴には柚のことを全く説明していなかった.........)
担任って前々から出したかったんですが、タイミングがなかったんですよね。