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妖精の住処  作者: 速水零
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木下塾の限界

 涼も冴も名門校に属しているため、定期テストではかなりの勉強量を強いられている。


 そして二人とも学年上位の成績を誇っているため、降りかかるプレッシャーは他の生徒よりも遥かに大きい。


 普通は2週間以上前からテスト対策を始めるものだが、この木下塾の講師たちは今日もしっかり働いていた。


「冴は勉強しなくていいのか?」


「いえ、お父さんやお母さんには勉強しろと言われるんですけど、これくらいなら大丈夫です。2時間子どもたちと遊ぶだけですので」


「こらっ。子どもが遊びと思うのはいいけど、こっちはお勉強だからな。楽しむのはいいけど、節度を保つように」


「はい、塾長。私は木下塾のモットーに従い、子どもたちを教え導きたいと思います!」


「よろしい」


 だいぶ気を許してくれたのか、涼の性格を引き継いできたのか、随分と冴も涼好みの会話をするようになったものだ。


 冴がアルバイトとして来てもう3回目の授業となる。プログラミング講座のおかげかいつまで経っても木下塾の栄華は枯れることなく咲き乱れている。


 今日は体験授業者も含めて24人が参加する。ENGLISHにも体験授業を希望する子は多く集まるが、それでも15人そこそこで1時間だけの授業なのでとても楽だ。本当に冴が来てくれて助かった。


「涼にーと冴先生ってなかいいよねぇ」

「うんうん、おにあいカップル〜!」

「あたし、冴先生なら涼お兄ちゃんをとられてもいいよ」

「えー、おれいくら涼にーでも冴先生はわたさないぞ!」


 ガヤガヤワーキャー甲高い声がリビング中を包む。


 なんだかませた子たちが多いようだが、10歳も歳上の涼たちからすれば微笑ましい限りだ。冴がみんなに親しまれているのは本当に嬉しい。


 先日ファミレスのパートのおばちゃんにあんなこと言われて、ここでもこんな純粋無垢な天使たちに同じことを言われた以上思うところがないわけではない。


 隣の家への騒音が気になるが、家主の妻がここにいるので大丈夫だろう。反対側はそもそも今住んでいるのかも怪しい。


「はいはい、じゃあみんな集まったことだし、今日の授業始まるよ! 体験の子が何人かいるから、色々教えてあげてね」


「「「「はーい!!」」」」


 体験授業や新たなプログラミング授業を見に来た親御さんたちは、授業参観に来た気分で我が子の様子を温かく見守っている。もちろん中には涼を見に来たり、冴との関係を覗き見に来た保護者もいるが。


 体験授業の子の対応も冴はだいぶ慣れてきており、涼自身は十回以上対応している。


 保護者の座るダイニング付近までテーブルを置かなければならない以上、机間巡視(先生がグルグル教室を回って子どもの様子を観察すること)が大変になってきたが、なんとかなっている。


(初め目新しいゲームをやるからってモチベーションが高かったのは当たり前だけど、3ヶ月近く経ってもここまで楽しそうに授業を受けてくれているなら、この方式は正解だったんだろうな。保護者からの評価も良いし、今のところ退会する子はいない。いつも思うけど順調すぎるほどに順調なんだよな……)


「涼にー、ここどうすんの?」

「涼にー、あたらしいもんだいちょーだい!」

「涼お兄ちゃんヒントちょーだい!」

「あたしここききたいんだけど……」


 ほんと、小学1年生30人以上相手に一人で授業をしている教師はすごいと思う。


 柚も将来こういう先生になりたかったのか。自分から修羅場を目指すとは呆れを通り越して尊敬する。


 しかも彼ら教師たちは授業をする時間と同じくらい事務作業や授業準備、保護者対応に地域の方々とも話をしていくのも業務なのだから、涼の想像もつかないほど大変なのだろう。


 モグラ叩きをするかの如く子どもたちの間を縫ってあちこち飛び回り、子どもたちの相手をしながら、涼は先生の大変さを思い知った。


 プログラミングに関しても3回目ということでいつものメンバーたちは素直に受け入れている。


 涼も卓という高校の友達からプログラミングを学び続けているので、最初の頃よりもずっと楽に教えられるようになった。


 卓曰く。


「さすが学年トップクラスの成績を誇るだけあるな。うちの部員と比べられないほど上達が速い。ま、俺の頃から見れば亀の歩みだろうけどな。このまま勉強してけば専門に行って化けるぞ。興味ないか?」


 余計な一言が混ざっているが、ここまで卓が褒めちぎるのは珍しく、多趣味で青天井な才能を持っている涼はここでも天才に認められていた。


 ガジェット好きな涼としてはプログラミングも悪くないし、このまま勉強するのも面白いと思ったが、進路にはならない。


 このままプログラミングにどハマりする子がいたら抜かされちゃうかもな、と思いつつ教鞭を振るった。


「はい、じゃあ今日の授業を終わります。みんな帰る支度始めてね」


「「「「はーい!!」」」」


 授業前ほどではないが、2時間授業しても子どもたちの元気は未だ健在だった。


 10歳歳を取った涼と冴には軽い疲労が見える(保護者の前だから取り繕っているが)。


 小学生の冬休みは短く、まだ1ヶ月近くあるが、そろそろ保護者たちに年末年始2週間ほど休みにすると伝えなくてはならない。


 涼は冴に子どもたちを任せて保護者に様々な話をする。


 体験授業に来た保護者と話すのもだいぶ慣れ、緊張せずに木下塾の理念を語れた。


 涼のルックスに惚れ惚れしている保護者たちは、理路整然と語る涼の姿にさらに惹かれていく。


 あー、こんな感じで客を捕まえていったんですね、と冴は横目に涼たちを捕らえつつ子どもたちとお話ししていった。


 やがて大部分の保護者が大満足して子どもたちを連れて帰り、家の近い子どもも集団で帰っていった。


「今日も大変でしたね」


「そうだな。これでも冴が来る前よりは楽なんだけどね」


「涼さんが私を誘ったわけがよくわかります。それにしても、体験授業の評価凄かったですね。今回の3人のうち1人はこのまま入会してくれそうでしたよ!」


「会員が増えるのは嬉しいことだけど……やっぱり手狭かな?」


 涼の家は一般の倍近く広く、庭も合わせれば3倍はあるだろう。


 だが、それでもリビングで授業をするにはどれだけうまく並んでも30人が限界。


 限界人数でやるのは机間巡視の効率が悪く、2人では持て余す子も多く出るはずだ。


 涼と冴は子どもたち用のテーブルを片付けてながら今後の不安を談議していると、忘れ物を取りに戻ってきたのか、インターホンが鳴り響く。


 インターホン用のモニターを覗き込むと、スーツを着た見知らぬ若い女性が立っていた。

なんとか机の配置を変えたり工夫していましたが、限界が近づいたようですね。

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