別種の見守り隊登場
「木下くん、もう少しシフト入れないかな?」
涼がバイトを終え休憩室で休んでいると、目元に酷いくまを浮かべた三十代半ばの男性が話しかけてきた。
涼の働いているバイト先のマネージャー(店長)である。
彼はファミレスの大元の会社に就職しているが、形としては全国を回って店長業務をするものだ。後数年も店長として働けばエリアマネージャーとして定住する道も切り開かれるようだが、それまでこの身が持つのかどうか非常に怪しい。
「最近勉強が忙しくて、これ以上は難しいです。残念ながら週に二回が限界ですね」
別に勉強が忙しい訳ではないし、木下塾の準備が大変で働けないという訳でもないが、涼は以前よりもシフトを減らしていた。
もちろん木下塾がある日はバイトに行けないので、減らす理由にもなるのだが、一番はこれ以上仕事関連に時間を割いてしまうとバイクに乗る暇がなくなってしまう、というものだった。
ワガママという認識はあるが、そもそも高校生のアルバイトが遊びたいと言って休むことを責めることは出来ない。
採用条件に週一、四時間以上の勤務と記されていた以上涼を咎める理由はない。
酷いようだが、人手が足りないのは社員のせいであって、バイトにシフトを強要することは出来ないのだ。だから、このマネージャーはお願いしているわけだが。
木下塾が開校されて三ヶ月以上経つが今になってそうマネージャーが言い出したのは、一重にバイトの数が減ったからだ。
バイトに来なくなった彼らは辞めていったのではなく、マネージャーのお願いを断れず、または断らずにガンガンシフトに入ったため、扶養問題に引っかかりそうになったから休暇を取った。
そうなるとしわ寄せが来るのは自由に(最低限働く時間は決まっているが)シフトに入れる社員となる。だが、バイトが来なくなったのはそもそも社員がある程度入っても人手が足りないからであって、マネージャーを含めた数人の社員が頑張ろうと大きな改善にはならない。
むしろそろそろ過労で誰か倒れるのではないかという心配が出てくる。そうなれば事態は大問題に発展する。マネージャーの責任は計り知れないし、店の経営にも穴が空く。
そういった事情を知っているために罪悪感を覚える涼だが、意見は変わらなかった。
「せめて新しく入った子が木下くんみたいな即戦力だったら良かったんだけど」
「はははっ、マネージャー、それはないって」
マネージャーが涼を見て説得を諦めていると、後ろから五十代前後のパートの女性がやってきた。深夜に入る前の休憩だろう。
立ち位置的にマネージャーの方が上なのだが、ファミレスで働いた期間は誰よりも長く、腕が良い。マネージャー自身彼女の態度に不満はなく、当然だと思っている節がある。
「私が今まで見てきた学生の子達の中で一番が涼くんよ。君みたいになんでも一度教えたら全て完璧にこなせて、そもそも教えてもいないことを見て学べる人間はそうそういないわ。何より接客態度が学生のできる領分を超えている」
パートは涼のことを大絶賛するが、それはマネージャーも同じだ。彼一人いるだけで実質二人分(少ないように見えるがこれは本当にすごいことである)の働きがなされる。
それに、涼には十八番である演技力があり、演じているのは幼少の頃良く父の家族サービスで連れて行ってもらった高級料亭のスタッフ達。涼はあの態度が本当の接客だと認識している。
他の有象無象のニュービーが上級の接客を真似たところで二流にも届かないが、涼が演じるだけでそれは一流を凌駕する。
涼の見てくれだけで客は心惹かれるのに、接客も一流となれば涼のためだけにここを訪れる客も珍しくない。
悩ましい売上的にも、戦力的にもマネージャーが涼を欲するわけだ。
「それは分かってますよ。正直春咲さんや佐伯さんですら滅多にない逸材ですからね。春咲さんはもうしばらく来ませんが。他の子達も優秀ですけど.........」
「そうなのよ。みんないい子たちなんだけど、やっぱり人手が足りないことには変わりないわよねえ。どう思う木下くん?」
「僕に振られてもしょうがないですが。まあ、あと少しの辛抱ですので、頑張ってください、としか言えません。新人のあの人が辞めずにある程度仕事ができると改善されるのでしょうけど.........そういえば僕はまだ会ったことないんですよね」
一ヶ月ほど前バイトに入れなくなった子達の分を埋めるべく、二人のバイトを雇った。
しかし、一人は始めて三日で音沙汰なくなり、一人は今もバイトしている。近くに住む大学生らしいので、当然涼よりも歳上だ。あまり批評はしたくないし、上からものを言うのは躊躇われる。
あと少しというのはバイトが解禁になる日が近いということで、新年のことではない。給料の支払いをカウントして扶養に入るかどうか定めるので、一月の給料となる十二月を迎えれば精鋭のバイト達は帰ってくるだろう。
本当にあと少しだから頑張って欲しいと、他人事のように涼は祈った。
「そういえば、冴ちゃんで思い出したけど、涼くんと冴ちゃんって付き合いだしたの? どーなのどーなの!?」
「いきなりグイグイ来ますね」
「そりゃ気になるじゃない! 涼くん未だに彼女ができないって言うんだから! 私今までずっと耐えてたけど、ほんと気になってたのよ!」
パートのおばちゃんは高校生の恋愛ごとに興味津々である。大学生も範囲内らしいが、こと高校生においては余計を通り越して迷惑なまでに関心を寄せてくる。去年まで働いていた先輩たちを見て涼はいつターゲットになるのか戦々恐々としていたが、ついに本格的に睨まれたらしい。
普段は失礼ながら社員以上に頼れる人なのだが、この人を興奮させると非常に厄介だ。
いつの間にかマネージャーは姿を消している。仕事が忙しいのかな、なんて思うほど涼は純情ではない。
「いえ、作る気がないだけです」
「えーっ、でも最近冴ちゃんと仲良いじゃない? 葵ちゃんとは元カノだったって知ってるけどぉ、まだ復縁したって感じじゃないし、私は涼くんの本命は冴ちゃんだと睨んでいるのよね!」
何故僕と葵が昔付き合っていたことを知っている、と問いたいがなんとか飲み込んだ。
「本命も何もないですって」
「それにしては冴ちゃんの涼くんを見る視線は熱かったなぁ。こっちも二十年若返った気分で眺めてたのよ」
涼にも心当たりはあるのだが、恐らく十五夜祭で少し弄りすぎた影響なのだろうと判断した。
恋がどうのと言うよりは恐らく警戒に近いはず。避けられている訳ではないのは幸いだが、寂しさを感じる。どうにも話をしようとすると冴の様子がおかしくなるのだ。
涼がそのことをパートのおばちゃんに伝えると、彼女は満面の笑みを浮かべて「ふうん、これはこれでアリ!」と告げてスキップでもしそうなほど軽やかな足取りで仕事に戻っていった。
マネージャー、あの人を無理に働かせるのはどうでしょうと思わずにはいられなかった。