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妖精の住処  作者: 速水零
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王子さまの奸計

あらすじ

温泉に入るには壁があった

 電車に乗った時柚の代金を支払わなかったように、今回も涼一人分のお金で中に入ることができた。二人で観光しているというのになんでも半額で済むというのは非常にありがたいことだと涼は思ったが、よくよく考えてみるとお金は涼しか持っていないので涼が払うお金に変動はない。


 柚にもお金を請求してやろうかと一瞬考えたが、柚は自分が着ている服などと一緒に小さくなったため、財布を持っていても紙幣や硬貨が涼の世界で通用するはずがなかった。


 そもそも服ごと小さくなるというのも不思議だなと思い直す。


「さてと、やっと落ち着くところに来れたな」


「そうね。ここ、すごく懐かしいわ。前に来たままね」


「前っていうといつくらいの話だ?」


「んーとね、一年半くらい前かな」


「随分来てないんだな」


「近いからわざわざ来ようとは思わなかったのよ。ほら、私若いし」


「まるで俺が年寄りみたいに言うな。さっきも言ったけど一個しか変わらないだろ」


「精神年齢の話よ」


「それもそうだなお子様」


「あんたが年寄りくさいのよ!」


 そしてまたひとしきり言い合う。


 涼は柚との会話を楽しむ一方、温泉に来ている客を物色していた。


 そして数分経つと涼のお眼鏡に叶う人が見つかった。


 この作戦には重要な騙され役が必要なのだ。騙されやすく、それでいてこちらも罪悪感を覚えることがないような相手ならなお良い。


「話は一旦置いておいて、そろそろ温泉に入ろうか」


「そうね。じゃあ涼の作戦を教えてくれる?」


「今から実行するからまあ見てなって。ちょっと持ち上げるぞ。大人しくしていろよ、何を言われてもただジッと死んでいるように努めろ」


「えッ……ちょっと、どういうことよ」


 涼は柚の声がまるで聞こえないかのように無視して胸ポケットに手を突っ込み、柚を右手で優しく覆うように持ち上げ、腰の裏に回して隠しながら一人の幼女に向かって歩き出した。


「ねえ、可愛いお嬢さん。ちょっといいかな?」


 優しく、そして助けを乞うように演技する。


「ん? お兄さん誰?」


 家族で来ているであろう女の子は一人休憩所で絵本を読んでいた。六、七歳といったところだろう。あたりに保護者の姿は見られない。少女は夢の国のマスコットキャラクターのぬいぐるみを大事そうに抱え、絵本を読んでその世界に魅了されているようだった。


 純粋無垢な少女は首を傾げて涼の目を真っ直ぐ見つめた。教育が良いことが伝わってくる。


「僕は今旅をしている者だよ」


 涼は話しかけた声とは全く別種の蠱惑的な声を出し、意識して出せる最大の笑顔を少女に向け、内緒だよと言わんばかりのウインクまでしてみせた。


 柚は何か言いたそうに涼の手のひらをトントンと叩くが、涼の言う通り口を噤んで死んだフリを続け流ことにした。地味にこそばゆい感触だ。


「じゃあ遠くから来たの? どこどこ!? お兄さんはどこから来たの!」


 ファンタジー系の絵本を真剣に読んで人形に聞かせていた少女の思考は現実の世界とはかけ離れている状況にあった。


 少女には容姿端麗な涼を絵本に出てきた王子さまと重ね、興奮しだす。普段はもっと落ち着きをもっていることが姿勢や仕草から窺えるが、こうなってはもう歳相応の女の子だ。


 涼は少女を手で静止させ、シーッと人指し指を立てて自身の唇に当てた。さすがにここで少女の艶やかな口元に触れる暴挙は自粛した。


 そうやってもう一押しして、少女を堕としこんだ。


「僕がどこから来たのかなんてどうでもいいことだよ。大切なことは今、君の目の前にいるということ。わかるね?」


「う、うん!」


 涼は自分で言っていて全然わからないのだが、少女には何かわかるようだ。


 子供特有の見栄かもしれないが頭がファンタジーな状態の少女は確信しているような瞳を輝かせていた。


 見た目以上に心が育っているからこそ扱いやすい。歳相応では涼の頼みを完全に達成してくれるかは怪しいところで、逆にもっと歳上の子を選出すると違和感が生まれてしまう。常識を獲得し始めるのだ。


「僕が君に声をかけたのは、一つお願いをしたいからなんだ」


「お願い? なになに! どんなこと? 私がお兄さんのお願い叶えてあげるね」


「ありがとう。お願いっていうのはね、僕の持っているこの妖精さんをキレイに洗って温泉に入れてあげて欲しいんだ。僕は男だからこの可愛い妖精さんと一緒に温泉に入ることはできないからね」


 涼は腰のあたりに隠していた柚を少女に見せた。


 小さい女の子の人形扱いを柚は走馬灯のように思い出した。力加減を知らない触り方。苛立ちの矛先を真っ先に向けられサンドバックに。飽きがきたら蹴って投げて潰してポイッ。


 温泉に沈められ、プカプカと白目を向いて倒れている自分の姿が脳裏をよぎった。


「わーっ! かっわいい!! このお人形、妖精さんなの!?」


 少女の目は今までで一番輝いた。まるで御伽の国に迷い込んだ少女が可愛い妖精に出会ったかのよう。少女の思考は涼の想像以上にファンタジーに近づいていた。


 常識という名の現実が構築されきっていない純真さに当てられ、涼はほんの少し胸を痛めた。


「お願い、聞いてくれるかい?」


 この程度で涼の化けの皮を剥がすことはできない。


 涼は少女の耳元で拐かすように囁いた。少女の思考を現実から乖離させるだけでなく、自分の魅力を存分に打ち出すベクトルも加えた。知らない少女相手だからこそこんな恥ずかしい真似ができる。


 でもちょっと楽しくなってきた。


「うん! わかった!」


「他の人には妖精さんを見られちゃダメだよ。妖精さんは子供にしか会ってくれないんだ。それと、今妖精さんは静かに倒れたように寝ているだろ? 僕と長い旅をしてきてとても疲れたみたいだから、優しく起こさないように洗ってあげてね」


 涼は少女の両手のひらにゆっくりと柚の体を預けた。


 少女は柚の人形らしからぬ質感に本物を感じ取り、感嘆の声をあげた。信用度が格段に上がった。もちろん生物なのだから人形よりも本物の妖精に近い。


「お母さんには声をかけなくていいのかい?」


「うん、お父さんやお母さんはおじいちゃんおばあちゃんと一緒にお酒飲んでのんびりしてる。また温泉に入ってくるって声かけるだけで大丈夫だよ! 私しっかり者さんだもん!」


(親、それでいいのか? まぁこの子は本当にしっかりしていそうだし、大丈夫というなら何も言うまい。幼稚園児じゃないんだろうからな。それより柚が何か僕に訴えているようだが……ま、大丈夫だろう! 多分僕の名案に感極まってお礼を伝えたいに違いない! 決して子供の人形役になるのが嫌だ、とかいうことではないはずだ…うん)


 涼はタッタと駆けて行く少女の後ろ姿を眺めながら心の中で柚に敬礼した。


 後のことは涼にはどうすることもできないので、頭をスパッと切り替えて涼も温泉へと鼻歌交じりのステップで足を運んだ。

今までで一番好きなシーン。二番目は涼が壊れたところ。

フィクションだから幼女を超騙されやすいようにしていると思われると思いますが、サンタさんのようにありえない自分に都合のいい夢を現実だと錯覚する性質があります。いつか、白馬の王子さまが!!


次回

魔法のキス

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