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妖精の住処  作者: 速水零
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ただいま

「あらら、昨日よりも疲れてんじゃん。どったの?」


 昨日と同様、涼は夕食を食べて帰ってきた。


 昨日と違うのは一緒に食べた相手が野郎か美少女かという点だ。


「んー、色々と理由はあるんだけど、まぁ昨日僕が受付やっていたことがSNS上で拡散されていて、結構フォロワーが押し寄せてきた」


「あー、なるほどなるほど。人気者の宿命ってやつね。同情するわ。言われてみれば想定できたはずのことよね」


「そうなんだよな。僕も脳天気すぎたと珍しく反省しているよ」


「まあ明日明後日はお休みなんでしょ。ゆっくりしなよ」


「ああ、そうさせてもらう」


 一応、今日も涼は柚のためにお土産を買ってきた。お好み焼き、たこ焼き、焼きそばときて、今回はアメリカンドッグだ。


 ある意味これまででもっとも柚に適さない食べ物だが、柚は器用に衣とソーセージの部分をちぎって一緒くたに口にする。


「やっぱりこういう出店の食べ物って冷めると美味しさ半減よね」


「出店だからな」


 涼は本当に疲れているのか、ダイニングチェアに身体を預け、とろけそうなほどに脱力している。


 いつもなら紅茶かコーヒーでも飲んでいるのだが、今はわざわざ淹れることすらダルい。涼は冷蔵庫に入っている炭酸水をちびちびと飲んでいた。


 柚との会話もおざなりになっている。


「そういえば、打ち上げもう終わったの?」


「いや、明後日にやる予定だ」


「え、じゃあ今日はなんで遅くなったの?」


「ん、今日は葵と出会ったから一緒に文化祭を見て回って、夕飯も一緒に食べたんだ」


「へー、へーっ、へえー!」


「なに?」


「べっつに! なんだか涼は女の子の友達ばっかりだなって思っただけ!」


 憤慨した柚はパクパクとアメリカンドッグをリスのように口いっぱいに含んでいる。


 涼自身柚の話には思うところがあるが、疲労のために思考が鈍っていた。


 明日(月曜日)学校がない以上来週の木下塾の準備をする時間はたっぷりある。涼は温泉の素をどっさり入れた風呂に浸かって眠りにつこうと、立ち上がったとき、インターホンが鳴り響いた。


「はぁ、こういうときに柚が出てくれると嬉しいのにな」


「プイッ! 私、今食べるので忙しいの!」


「いつまで怒っているんだよ。……仕方ないな」


 涼がインターホンのカメラを覗いてみると、ごく最近見た女性が立っていた。


「あれ? どうして母さんがうちに来るんだ?」


 涼は実の母の来訪目的がわからないでいる。親子が会うのに理由がいるのかという人も多いだろうが、涼にとって父親も母親もなにか特別な理由がない限りわざわざ会いに行ったりしないものだ。


「どうしたの?」


「別に、ちょっと話がしたくてね」


「ああ、わかった。ちょっと待ってて」


 涼はインターホンの回線を切り、柚に2階の涼の部屋に籠もるよう指示を出す。


 涼以外の人間に見られるわけにはいかないので(姫のような純粋無垢な子どもは別)、さしもの柚も怒りを捨てて涼の言うとおりに動く。


 今日明日は来客がいないと油断していた涼は柚が二階に上がっている間に、柚用の食器やカップ、カトラリー類を隠して小人の生活跡を完全に消す。


 普通の人間が、小人は本当にいるなんて考えを事前情報もなしに思うわけはない。しかし、涼は徹底的に柚の痕跡を潰していった。


 長く椿を待たせるわけにはいかないので3分以内にすべての準備を終わらせ、疲れた身体にムチを打って来客に向けての体裁を整える。


「いらっしゃい」


「あら、結構時間がかかったわね、何かあったの?」


「いいや、ちょっと疲れてて荷物をリビングに散らかしちゃったんだ。それを片付けていただけ」


「ふうん、まあプライベート空間も含めて常に完璧でいられる人なんていないものね。私も綺麗好きで部屋が乱れるのは大嫌いなんだけど、酷く疲れているときは何も考えられずに荷物を床にばら撒いちゃうわ。悪いわね、そんな疲れているときに押しかけちゃって」


「別にいいよ。立ち話も何だし、とりあえず上がって」


「おじゃまします。ううん……ただいま」


 椿は純真な笑みを浮かべて「ただいま」と言った。


 思えば椿がこの家を尋ねるのは前回涼の家を訪れて八年ぶりの邂逅を果たしたとき以来だが、あのときはついぞ一度も「ただいま」とは言わなかった。


 この家をもう自分の帰る場所だとは思っていなかっただろう。だが、今は屈託のない笑顔で「ただいま」と言う。少し椿の心に変化があったのだろうなと思いつつ、涼はリビングへと案内した。


「紅茶とコーヒーどっちがいい? いくつかハーブティーもあるし、一応日本茶もあるけど」


 涼は十五夜祭で茶道体験したとき、茶道を趣味とするところまではいかなかったが、美味しい日本茶を嗜むくらいはやってみたいと思った。今回はネット通販で高評価を得ている茶葉をいくらか買え揃えた。


 豊かな感性を持つ木下塾の塾生たちの保護者ならより良い意見が聞けるだろうとかすかに期待している。


「いいわよ、リビングを散らかしちゃうくらい疲れているんでしょ。昨日も大変そうだったけど、今日は別種。慣れないファンサービスとかたくさんせがまれたんじゃない?」


「よく知っているね。今日も来てくれたの?」


「ううん、今日は普通に仕事があったから行けてないわ。でも、私達の業界そういう耳だけは早いから、涼の話がちょろっと聞こえてきたのよ。もう少し大々的に情報が拡散していたら涼のもとに取材が入ったかもね」


「取材って大げさな」


「もちろん涼の知名度から見れば若干大げさに聞こえるだろうけど、涼をネタにすることで大きな話題を生まれるのは確実。一足遅く向かった人たちは噂のクレープ屋が完売終了しちゃってがっくし言ってたみたい。涼本人も可愛い女の子と一緒にどこかへ言ったって言うしねえ」


 椿はニヤニヤと涼を覗き見る。


 一方の涼はそこまで椿に伝わっているのが恐怖でしかなかった。一層自分が甘かったと思う。


「相手はもしかして葵ちゃんかしら? それとも、噂の柚ちゃん?」


 涼は椿の顔を見て悟った。


 今回の来訪目的は、ただ単に涼の色恋関連を聞き出すためだと。

もちろん僕の中でこの章はこう進めるという筋道を立てて書いておりますが、枝葉の部分が本当によく変化します。ですので次回これって言うことはやめようかなと……裏切っていいなら予定を記しますが。

そろそろこの章も終わりますが、振り返ってみれば40話近くやっていたんですね。戦々恐々しております。

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