幼馴染と文化祭デート
「いやー、涼と二人で遊ぶのも打ち上げのとき以来だね」
「そうだな。バイトじゃよく顔を合わせていたが、遊ぶことはなかったな」
「涼が誘ってくれないから」
「葵が僕を誘わないからだぞ」
「えー、私のせい? 普通こういうのは機転を利かせて男の子からやってくるものじゃないの?」
「バイト戦士である葵を誘うのは忍びないんだよ。ここの日私開いてるから遊びに行かない?ってかんじでいつか来るものと思っていたんだが」
お互い相手のことを思って誘われるのを待っていたために状況が進まなかった。
相手の弁明に納得できるところもあるが、やはり誘ってほしかったと思う。
「んー、じゃあこれからはそういう気遣いなしでとりあえず予定が合うかなぁとか聞くところから始めよう。初歩の初歩すぎるけどさ」
「ああ、そうだな」
「ってことで、デートをしよっ!」
「はいはい、いくらでも付き合ってやるよ。どうせもう手遅れだからな」
葵は涼の手を離さない。
それに先程クラスメイトに見つかってしまったので私刑は確定だろう。無駄にあがくことはせず、涼はクラスメイトの非リアたちからの恨みを受け止める決意をした。
「もう昼ごはんの時間を過ぎたが、葵はなにか食べたのか?」
「んー、たこ焼きをつまんだくらいかなぁ。特に食べたいものなかったし、涼のとこのクレープ食べたら昼はいらなくなると思ってた」
「そうか。僕はさっきまで死ぬほど忙しかったからかなり腹が減っているんだ。どこか寄ってもいいか?」
「オッケー」
そういうことで、涼は葵の手を引いて校庭の出店を見て回ることにした。
先週冴と回ったときはお好み焼きを食べたから、今回は別のものを食べようかとあたりをキョロキョロ見渡すと、美味しそうな焼きそば屋があった。
「丁度いいからあそこで買おうかな」
「焼きそばね。なんだか私も食べたくなっちゃった。涼、おごって」
「なんで?」
「最近塾で稼いでるんでしょ。それに、こういうときは男が奢るものなのよ」
「稼いでいるって言っても今は結構経費で飛んでいってるんだからな。葵こそバイト戦士ならこんな焼きそば代なんて端金だろ」
涼としては奢ってやることは吝かではないのだが、それを当然と思っていそうな態度が気に食わない。冴相手なら財布の紐が簡単に緩むのにな、と思いつつ葵をジロリと見つめる。
ちょうど焼きそば屋をしている男子高生に同じ視線を向けられた涼だが、全く気にしていなかった。クレープ屋をやっているうちに僻みの視線には慣れてしまったのだ。
「んー、そう言いたいところなんだけど、今年に入って結構働きすぎちゃって、税金の壁間近なんだよね。いやー、まいったまいった」
「まあそうなると思ったよ。少なくとも月十万は稼いでいたからな」
扶養を超えない範囲で働くとなると、月々八万五千円ほどしか稼ぐことができず、バイトに専念している高校生なら十ヶ月と持たずにバイトができなくなってしまう。
「冴ちゃんには十五夜祭で奢ってあげたんでしょ。お願い、私にもなにかお恵みを!」
「な、なんでそれを知ってるんだよ」
「いーや、適当に言ってみた。もちろん、デートしてたのは知ってるよ。涼と冴ちゃんがデートする前の日軽く相談乗ってあげたし」
「そんなことしてたのか……冴と遊ぶのは楽しかったし、葵が協力?なんかおかしいけど、冴の力になってあげたというのならなにか礼をしようじゃないか」
「さっすが涼、わかってる〜!」
葵は涼の二の腕に抱きついた。
未知の柔らかい感触が涼の腕全体を支配する。
ずいぶん寒くなった時期とはいえ、葵のスタイルはかなりよく、厚手のコート越しにも豊かな双丘を感じられた。
何人かと付き合い、一つ年下の女の子と同居しているからと言って、涼の女とのスキンシップ経験は少ない。
冴とデートしたときや、柚との他愛もない触れ合いで手を握ったり、頭をなでたり、ちょっと小突いたりといったことはしてきたが、ギュッと抱きつかれた経験は殆どない。
遠い昔涼が男女の垣根も意識していなかった時代以来の出来事かもしれない。
涼は葵の身体だけでなく、至近距離まで迫った顔や、ダイレクトに伝わる葵固有の甘い香りに、耳を揺さぶる女の子特有の高い声など、様々なところに意識を持っていかれた。
「ひ、ひっつくなって!」
「えー、こっちのほうが温かいし……面白いよ?」
葵は頬を真っ赤に染めながらニヤニヤ微笑んでくる。
涼以外と交際経験のない葵が何も感じずにこなせるわけがない。
からかい目的が強いが、自分でも勢いでやりすぎてしまったと思う。しかし、もうあとには引けず、押し通るしかないのだが。
「それは僕の反応が、だろ。……昔の愛らしい葵はどこに行ったんだか」
「そんな4年も前のこと持ち出されてもねぇ。私だって乙女に成長していくんだよ」
「乙女ね……」
「あー、なにその酷い顔。詐欺師を見るような目で見ないでよねー。冷たい表情しているのに顔立ちが整ってるからそれはそれで魅力的に見えるのがはらたつ」
遠目で涼が客たちに笑顔を振りまいているのを見たときも感じたことだが、涼はどんな表情を受けべていても相手を虜にしてしまうのだろう。
そして、葵はわかっていても涼の罠に引っかかってしまうのだと自覚している。
「僕も葵が怒っている姿は猫が威嚇しているみたいで微笑ましいから好きだぞ。……いい加減しがみつかれると注文したときに財布が出せないんだけど」
「あちゃー、そりゃ奢ってもらえなくなっちゃう! じゃあ、ご褒美タイムはデザートの後で」
物分りがよく葵は離れていったが、食後もあの体勢でいるつもりらしい。
心臓の鼓動が普段の3倍くらい早く躍動していた気がする。なるべく平静を装うとしていた涼だが、葵にはバレていたようで、このあとも無事過ごせるのか不安に思う。
(そういえば、葵相手にここまでドキドキさせられたのは告白された時を含めても初めてかもしれないな)