元女王さまの尋問
「それで、ぶっちゃけて聞きたいんだけど、涼のことを狙っているのはどの子かな?」
少し見て話をするだけで涼の想い人候補がこの中に何人かいるのはハッキリとわかる。
モデルの恋愛事情に介入しなければならない椿にはこの揺さぶりによる反応と、先程までの応酬で得た情報で涼を想っている相手の目星も大体ついていた。
(空ちゃんと海ちゃんは双子なだけあって反応が似ているわね。少し目線がぶれて互いを見ようとする方向が大きめ。口元の揺れからしてもかなり動揺していて、憎からず思っているのは間違いない。あの頃のまま涼を好きになってくれたのかな。
冴ちゃんはしっかり者で頭もキレるようだけど不測の事態が起こると動揺しやすいタイプ。隣の白ちゃんにも良く揶揄われていそう。小動物のように少しビクついちゃってまぁ可愛い! こんな娘が欲しかったなぁ。涼より圧倒的に可愛いし。こっちも涼のことをすごく意識しているのはまるわかり。ハッとして隠そうとする仕草も可愛い!
それで、白ちゃんはこういう探り合いが得意で涼のように本心をしまい込むのが得意なタイプ。明るくて取っ付きやすい感じは涼の正反対とも言えるけど、本質が似た者同士仲良くやっていけそう。身体つきからして運動も結構できるみたいだし。でも、隠そうという気配がない以上見た目通り好印象ってだけで付き合うと思っているわけじゃないのかな?まあ、こういうのってコインを裏返すように簡単に気持ちが入れ替わるからあくまで現時点ということで)
「「わ、私たちは別に、そんな、涼さんと付き合いたいだなんて大それたこと考えていませんよ」」
「そ、そうです! わ、私も涼さんのことは尊敬していますし、良い人だと思いますけど、そんなことは.........」
想い人とその母親の前で本心を語る訳にはいかず、三人は動揺しながら嘘を並べる。
「私もすごく…ふふっ.........良い人だと思いますよ。彼氏にしたいランキングナンバーワンですが、狙ってません」
白は戸惑っている冴や空たちを見て笑っていた。もちろん偽る必要は無いのでしっかり本心を語る。
「そうなんだ。あの子すごくモテるようになったと思ったけど、良い人止まりなのね。.........どうしたらあの子に彼女ができると思う? こんなこと聞くのはなんか申し訳ないけどね」
もっと追求してボロを出しに行くのも一興だが、公然の前で乙女に恥をかかせたくはない。
それに、愛する我が子のことを思えば、こんな形で告白されても興味を失ってますます距離をとる原因になるだろう。
真っ当に涼に恋をしてほしい椿は追い打ちを仕掛けず、冴たちの話を鵜呑みにするフリをし、揶揄う方向にシフトチェンジする。
美少女が慌てている様子は見ていて面白いし、何より涼がどうするべきかを間接的に伝えることができる。
当の本人は行列を捌くのに半分、聞き耳を立てるのに半分意識を分散させていた。
「そ、そうですね.........もっと女子と関わろうとするべきじゃないですか?」
「そうそう、ただでさえ完璧すぎて近寄り難いのに、涼さんから距離を感じると永遠に高嶺の花ですよ!」
「私は涼さんはもっと相手のことを考えて行動するべきだと思います! いじめっ子要素はマイナスです!」
「それは冴が可愛くていじめたくなるのが悪いんじゃん。私は涼さんに悪いところとか直すべきところとかは思い当たりませんね。そもそもモテてないわけないですしぃ」
白はチラリと他の三人の顔を見た。口元は稲荷伏見の狐のように三日月の形をしている。目はほっそりと薄目で睨むような視線を送る当たり白は自分と似たことを考えていると椿は理解した。
(なるほど、やっぱり冴ちゃん、白ちゃんにいつも揶揄われているんだ。それで、冴ちゃんのサポートをしようって立場なのね)
冴たち三人は次々と涼の改善点及び普段の態度への不満を椿にぶつけていく。
「あー、私冴ちゃんの言うことわかる!」
「涼さんって最近フレンドリーと言えば聞こえはいいけど、ちょっと揶揄って来る時が増えた!」
「そうだよね! しかもそれでいてたまに――」
「たまに、どういうことをするんだ?」
音もなく涼が冴の背後に現れた。
サバイバルゲームで培ったスニーキングと気配の消し方は伊達じゃなく、涼が見える位置にいた空と海でさえ声を聞くまで気がつかなかった。
「それは、たまに過度なスキンシッ.........って、涼さん!? 受付はどうしたんですか!?」
「一時的に代わってもらった。あまりにもこの五人が面白そうな陰口を話しているものだから、僕も混ざりたくなってな。.........それで、僕がたまに何をしているんだって?」
「そ、それは.........」
「んー、それはな・い・しょ。この先はBlu-rayを買ってくれた人だけの限定情報になるわ」
うら若き乙女の味方――たまに敵になるが――の椿が冴の助け舟を出した。
「どこで買えるんだそれは。まったく、人が一生懸命に仕事している中で……」
「それは涼さんもやってたことじゃないですかぁ。十五夜祭でうちに遊びに来て女の子達のカフェ店員姿をジロジロ見て」
「人聞きが悪い言い方するなよ。それに、その時は白もこっち側だっただろ。僕の代わりにそこで働くか? うちの男子連中は諸手を上げて喜ぶぞ」
忙しく店内を歩き回っているやつから、天幕の裏でクレープを作っているキッチン担当のやつまでみんなが涼の意見に賛成する。全員冴達の話に聞き耳を立てていたようだ。
いくらカクテルパーティ効果でこの喧騒の中でも声が拾えるとはいえ、仕事に集中しながら耳をすます余裕があるとは、さすが名門翔央高校に入るだけはある。
「イヤです! 私、対価のない労働はボランティアだけって決めているんです!」
「対価なら出るさ。白に近づきたいと祈祷を捧げている奴がそこいらにいるだろう。時給三千円分以上の何かを奢ってくれるってよ」
皆態度に示すわけにはいかないので、心の中でうんうんとリアルなら首が千切れそうなほど強く頷いた。
クラスメイト達の涼への好感度はうなぎ上りだ。
「結構です。翔央生というのはとても魅力的だとは思いますが、私、姫になる気はないので」
クラスメイト達は白の一言で絶望の淵へと立たされた。クレープにぬっている生クリームが必要以上に大きくなり、力が入って弾け飛ぶ。
涼目当てで並んでいた女性が顔に苦笑いを浮かべながらそっと受け取った。
「あらあら、涼って白ちゃんとすごく仲良しなのね。もしかして、裏で付き合ってたりして?」
「母さんわかってて言ってるでしょ」
「さぁ、どうかしら?」
そこだけ切り取って見れば100人中100人が騙されるに違いない。椿には女優の才能もあるようだが。
涼の自己催眠を用いた演技力は椿譲りなのだと冴達は悟った。
「はぐらかすのがうまいなぁ。ま、何を話そうと勝手だけど、これ以上滞在されると客の回転上まずいから、何か昼ごはんでもみんなに奢ってやりなよ。ここに来た目的って僕の顔を見ることでしょ。見た通り元気に忙しく働いているから」
「つれないわねえ。別にもっと長い時間滞在している人もいるのに。わかったわ。せっかく可愛らしいお嬢ちゃん方に出会えたことだし、この後用事がなければ一緒に文化祭を見て回らない?」
「やっぱり奢りですか!?」
白は相変わらずのフレンドリーさを見せる。それでいて椿ならこういう対応をしても大丈夫だと判断しての接し方なのだろう。紫苑生なだけあって考えなしのバカじゃない。
「ええ、もちろん。他の3人は?」
「はい、用事はこれで済んだので大丈夫です」
「「私たちもOKです!」」
こうして男子校生待望の可愛い女子高生グループ(一人中年の美女)はクレープの包みを捨てて教室を出ていった。
神奈川県のコロナ感染者東京を大きく超えてきましたが、半分以上横浜のせいなんですよね。
東京を避けて遊びに来ているのでしょうか?