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妖精の住処  作者: 速水零
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客寄せパンダ

 客寄せパンダ。語源は上野動物園にパンダが上陸した際、パンダ目的の来場者でごった返したことからという説が有力。


 多くの魅力、集客力をもつメインを立てることで集客力が大幅に上昇することを指すが、時に皮肉として用いられることもある。


 先ほどクラスメイトと話した時も出てきたが、まさに自分は客寄せパンダなのだと涼は実感した。


 飛翔祭の開催から数時間でクレープ屋は涼目的の来客者でごった返していた。


 自分目的で人が集まっているのだと考えるのは傲慢に見えるが、涼は確信している。そして、クラスメイトたちも無理に委員長を使った甲斐があったと思っていた。


「……あ、あの人だよ!」

「カッコいい! さすが翔央!」

「私遊びに来てよかったぁ」

「あれ? そういえば十五夜祭で見かけなかった?」


 涼は無遠慮な視線を全身で浴びている。


 聞こえないように囁いているのだろうが、クラス中に響いており、いたたまれない。


 いっそパンダのように恥じらいも感じずマイペースに笹を食べられればどれだけ幸せか。


 卓越した容姿をもつ涼にとって注目されるのは慣れっこだが、ここまで沢山の人に見られるのは精神的苦痛すら感じる。


(あと……2時間もあるのか。やっぱりキッチンに篭っていたかった! 委員長とその他クラスメイトたち、恨むぞ。……でもこの勢いだと昼過ぎには完売するんじゃないか?)


 涼はいっそのこと全部売り切って休みを作ってやろうかと、注文を受ける際素材を沢山使うクレープばかり勧めていく。


 自己催眠にも似たいつもの王子さま然とした爽やかさに、涼目的の女の子たちはコロっと堕ちていき、クレープは飛ぶように売れる。


 ただのクレープ屋なのに行列が行列を呼び、30分待ちまで至る。


(テイクアウトが基本でこんなに行列ができるのか……。フロアとしてウォーターサービスを行ったりクレープを運んだりするんだと思ったが、ずっと注文受付……誰か代わってくれよ)


 涼は仕事に手を抜くことは一切しない。


 精神に大きな負荷をかける王子さまモードをぶっ続けで発動しているので、ファミレスのバイトの3倍は疲れる。


 明日は表情筋が筋肉痛になりそうだなぁ、なんて考えながら涼はクレープを勧めていく。


 逆ナンされることもあり、一層笑顔が引きつりそうになる。


「りょうにーあそびにきたぜ!」

「すごいぎょうれつじゃん!」

「涼お兄ちゃん、クレープください!」

「タダでおねがい!」

「わたし、たっくさんイチゴのっけてね!」


 BASICで宣伝したからか、木下塾の生徒たちが遊びに来てくれた。前回の授業の班分けで固まった子たちだ。授業が終わった後食べにいこうねと遊びに行く約束をしていたのだろう。


 いつもは気疲れする主な要因の男の子が元気にやってきたというのに、不思議と涼の心は癒されていた。


「来てくれてありがとう。なんでも好きなのを頼んでいってね。でも、他の子たちのこともあるからちゃんとお金は払うこと」


「「「「「はーい!」」」」」


 涼は今日一番の笑みを浮かべ注文を受ける。


 言うまでもなく、すぐ後ろに並んでいる女子たちは涼が子どもたちと戯れる姿に酔っていた。所々から「尊い」と言う呟きが聞こえる。


 一緒に来た保護者の一人がまとめて涼にお金を払う。


 一気に10枚近くクレープが売れた。たくさんお金が入ったことよりも一気にたくさんの注文が入ったことでキッチンが困惑している。


 生地はかなりの数を用意したが、明日の分を合わせてもこの行列を相手に足りるかどうか怪しいだろう。


(1日目終わった後みんなで作るか。材料の買い出しを誰かに頼んでおこう。これだけ儲けたのだから給料が欲しいなぁ)


 清涼剤を得たおかげか涼の心に若干の余裕が生まれた。


 子どもたちが食べ終わり、帰っていくのを見送ると、再び涼の知り合いが顔を出す。


「久しぶりです、涼さん」


「隣のクラスまで行列できてましたよ。半分以上涼さん目当てでしょうけど」


「久しぶりだな、空、海。あの兄貴はどうした?」


 遊びに来てくれたのは碧家の双子だった。


 二人と会うのは1ヶ月ほど前にスーパーで出くわした時以来だろう。いつかまた二人と遊びに行きたいと思う涼だが、未だに誘えずにいた。


 文化祭準備が忙しかったというのもあるが、後でやろう後でやろうと引っ張り続けたのがいけない。


「私たち二人ですよ。兄貴となんて来たくないです!」


「そうそう、夏休み前にできた彼女と他の高校の文化祭に行ってますよ。今回は結構長続きしそうですね」


「そりゃ良い知らせだな。あいつフラれた直後は結構面倒くさいし」


「そうなんですよ! いつまでも未練たらしくて」


「そのくせこっちがちょっと心配して優しくしてあげてたらいつの間にか新しい彼女を作ってますし」


「まあ惚れやすいタイプだからな。それで、クレープは何食べる?」


 いつまでも受付で話しているわけにもいかないので本題に入る。クラスメイトたちの鋭い視線が突き刺さるが、仕事が忙しいせいか絡んでこない。


 店員らしからぬ口調だが、知り合い相手だと気が少し緩んでしまう。仲の良い子相手だと楽で心休まるな、と思った。


「「涼さんのオススメで!」」


 一字一句違わず、示し合わせたかのようなタイミングで見事にハモった。


 涼がオススメするのはもちろん具材が多く使われているフルーツミックスというクレープだ。バナナ、イチゴ、モモの缶詰と店全ての果物を投入し、これでもかと生クリームやチョコクリームをかけた頭の悪い商品。


 バイキングで好きなものを一皿にまとめて乗せる子どものような一品だが、これが案外美味しい。


 一番値の張るクレープだが、文化祭の出店なのでそこらのクレープ屋よりも断然安い。


「涼さんの商売上手!」


「でもオススメと言われたら買うしかありません!」


 空が財布から千円札を取り出し、まとめて会計を済ませる。


「ありがとうございました」


「涼さんにそう言われるのはなんか新鮮ですね」


「あのファミレスで涼さんに会ったことないですしね」


「そんなにシフト入ってないからな。逆に葵はよく見かけるだろ?」


「確かに……」


「私たちが行くたびに働いているような……」


 双子たちは頭を捻らせ記憶を辿る。


「いらっしゃいませ、店内でお召し上がりになりますか? それともお持ち帰りになりますか?」


 涼は次の客の相手をしなければならない。双子たちは端にそれて受け取り待ちの列に並んでいると、どんな偶然か、次の客も涼の知り合いだった。


「涼さん、こんにちは」


「遊びに来ましたよ! ()()()私と冴がデートをする日なのです! 嫉妬しちゃダメですよぉ〜」


 白が冴の腕に抱きついてスキンシップを取る。


 心休まる知り合いが遊びに来てくれたはずだが、涼の本能は危険信号を出していた。


 そして、案の定涼の後輩たち(白は違うが)は出会ってしまった。

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