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妖精の住処  作者: 速水零
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王子さまの給事

 涼の通う高校、翔央高校の文化祭は飛翔祭と名付けられている。


 第一期生全生徒の投票により、学校の名を持つ「飛翔」が選ばれた。


 それから何十年と文化祭の名は変わらず、神奈川県内では飛翔祭といえば翔央高校の文化祭だと認知されるまでになった。


 本日は飛翔祭1日目。紫苑女学院の文化祭、十五夜祭の次の週の土日に行われる。


 男子校の文化祭に華々しさはほとんど全く見られないが、全国クラスの秀才たちが作り上げる祭典のクオリティは高く、他県から飛翔祭に遊びに来る人も珍しくない。


「委員長、やっぱり僕は裏方に専念することはできないのか?」


「木下、言いたいことはわかるが、皆の総意だ。民主主義国家に属する以上、その決定を受け入れんだな。ちゃんと希望通りキッチンの仕事もさせているだろう?」


「なんでそんな喧嘩腰な言い方するんだよ。憎まれ役買おうってことか?」


 堅苦しい言い方はクラスの委員長らしいが、普段と違い少々言葉が荒い。


 クラスが3年間変わらないので、この委員長とは一年半の付き合いになるが、勉強以外であまり話さない。堅物なのかと思っていたが、加えて変な個性を宿しているのだろうか。


「いや、そんな意図はない。ただ、納得させるのが厳しい以上少し強めに言うしかあるまい。木下はかなり強情なところがあるからな。先の体育祭での競技担当決めが良い例だ」


 同じクラスである以上、体育や体力測定で涼の運動神経の良さは皆に知られている。


 クラスで一丸となって優勝を目指そうというのに、涼は競技担当決めの際、点数の低い楽な競技ばかりを選んでいた。


 あの時クラス委員長が涼にリレー選手を託そうとしていたが、涼は興味のないことにはノータッチな性分なのでキッパリ断る。


 何度か説得を試みたが、結果は変わらない。普段は柔和な優しいやつ見えるが、実はかなり頑固なのだと委員長は悟った。イケメンだからといって中身ができているとは限らないのだと知った。


「あー、あの時のことか」


(さすがこのクラスの委員長をずっと任されるだけある。他にも僕の本質を捉えられる場面はあったんだろうな。強情と言われて憤慨せず、納得するのがちょっと僕らしい。……やっぱりフロアもやらなきゃいけないのか)


 担当決めの時、真と涼は希望する役職を掴むことができた――真は参加しない権利を得たので役職とは違う――が、少ししてフロア役に涼兼任させようという意見が多数出てきた。


 もちろん、理由は涼の顔が良いからだ。イケメン店員が一人いるだけで集客数は何倍にも跳ね上がる。


 特に近くにある紫苑女学院の生徒や、他の公立高校の女子は爆釣りできるだろう。


 出会いに飢えている男子校生たちは涼を客寄せパンダにするつもり満々だ。文化祭に参加できるのが今年最後な以上、これから先出会いの場は無い。


 必死なクラスメイトたちの圧力が委員長に降り注ぐ。他校に彼女のいる委員長はバツが悪く、強硬手段に出た。


 ちなみに委員長は涼と同じく外部進学者で、中学卒業の時告白してきた子と付き合っている。彼女いない歴イコール年齢の男子が過半数を占めるこのクラスでは委員長を敵視するものも多い。だからといってイジメに発展することはないが僻みを言われるなど日常茶飯事。


「賽は投げられた。文化祭当日にシフト変更はできない。酷いことだと俺もわかっているが、諦めろ」


「はぁ……母さん、ここにも僕の興味ゼロなことを強制できる奴がいるけど、これは恋には発展しないよな」


「何ぶつぶつ言ってるんだ? そういうことで、今日の開始から1時半までフロア任せたぞ」


「りょーかい」


 クレープ屋とはいえ、利益を多く上げるため多少ドリンクの販売も行なっている。


 教室内で飲食できるようテーブルと椅子を用意している以上、いつものフロアとやることはそう変わらない。


 涼は別にフロア仕事が嫌いというわけではないが、ファミレスのバイトでいつもやっているため全くやる気が起きない。


 それよりもクレープ作りに専念するか、ほんの少しだけシフトに入ってツーリングに行きたかった。


 開始時間までわずかなので、涼は店の最終チェックを行う。


 紫苑女学院とは違い、涼たちに衣装などはない。各自制服の上にエプロンを付けている。


 涼だけ給事服を着させようという意見も出てはいたが、それは生徒会が却下した。


「木下、テンション上がるな!」


「それはお前だけだ。僕はちっともやる気が出ないよ」


「なんでだよ! この掃き溜めのような高校の数少ない出会いイベント、文化祭だぞ! 受験まで修学旅行以外何もないんだから楽しもうぜ!」


 ごく稀に話すクラスメイトに話しかけられたが、涼はここまでハイになれない。ノリを合わせれば友達が増えるのだろうが、わざわざ気持ちを偽る必要はないだろう。


「僕をダシにしておいてよく言うよ」


「それの何が悪いんだ?」


「純粋な目で見るなよ。僕が間違っているように見える」


 気乗りしない文化祭だが、存外涼はいつもより口が回っている。


「そんなことないって、ほら、楽しもうぜ!」


「そうだ! 楽しんでいこう!」


「可愛い子と一緒にな!」


「俺たちならできる!」


 キッチン担当のクラスメイトまで涼たちの輪に混ざってきた。


 休憩中にナンパでもするつもりなのだろう。涼には彼らが本番でミスるイメージしか浮かばない。


「それでは、翔央高校の文化祭、飛翔祭を開始いたします」


「「「「おおおおおおおおおっ!!!!」」」」


 涼を除き、クラスが一つになっていた。

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