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妖精の住処  作者: 速水零
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文化祭前夜

あらすじ

冴とチーズフォンデュを食べた。

「最近すごく忙しくしてるけど、むっちゃリア充してない?」


 夕食後のティータイム、柚はストレートティーを飲み干して涼に問いかける。


 以前体育祭があったときはほとんど何もしていなかった涼が、文化祭ではかなり高校に縛られているように見える。


 柚はカバンの隙間からチラリと体育祭を見学していた。涼はたくさんポイントを掻っ攫っていけるスペックを持ちながらも、花形競技には一切参加していなかった。


 なんでも特典の高い競技は放課後に居残り練習が出てくるらしく、当日は仮病で休むべきだったかもしれないとか。


 柚と二人だけでずっと生活していたのに最近はどうだ。隣の家の子を含め多数の子どもに囲まれ、バイトの後輩と文化祭デート。自身の高校でも大きな役割があるのか放課後遅く帰ってくることもある。


 まさしく柚の憧れる高校生活の男子版と言えよう。


「リア充してるって……そんなことないだろ」


「してますぅ! あんな可愛い後輩捕まえて! どうせ明日からの文化祭でもデートに行くんでしょ!!」


 柚から見れば冴は恋のライバルだ。残念ながら冴は全く柚のことを知らないが。


 最近冴と会う回数が多すぎるのではないかと柚は常に不満を抱いている。


 だからといって仕事に手を抜いているわけではないが、やるせない気持ちをぶつけたくて仕方ない。


 ただでさえ自由に動けないのだからストレスが溜まりやすい。


「別に冴を誘ってはいないんだけど」


 冴といつか2人で遊びに行きたいなと思っていたから、涼は十五夜祭で冴と紫苑女学院を見て回ったのであって、彼女にするために狙っていたわけではない。


 あれから時々椿から進捗状況を聞かれる。


 進捗と言っても光電効果のようにある値を境に一気に気持ちが傾くのだから、確認されても大したことは言えないでいた。


「ふぅ〜ん。そ・う・な・ん・だ!! じゃあ涼は一人さびしぃーくクレープを焼き続けるってわけね!」


「なんで嬉しそうなんだよ」


「べ・つ・に!」


 柚はウインクして微笑む。星マークがパチリと飛んでいそうだ。


「でも焼き続けるわけじゃないからな。中学の友達や空と海は遊びに来たりするぞ。ああ、木下塾の子どもたちも家から近いし何人か遊びに行きたいって言ってたな」


「へぇー、それは楽しそうね。……で、私はどうするの?」


「柚はお留守番だろ。別に鞄の中に入れて連れてっても良いけど、3時間もあのポケットの中に籠もっていられるか?」


「……ごめん、無理」


 涼との文化祭デートをもう一度(?)楽しめる良い機会だと思ったが、今はこの小さ過ぎる体が憎らしい。


 わーっと体育館並みに広いダイニングテーブルを走り回りたいが、もう大人のレディだと自制する。


(あーあー、最近こんなんばっかだなぁ。涼の一番近くにいられるってのは特権だけどそんなに仲睦まじく遊べるわけじゃないし。……もしかして、涼って私と一緒に暮らしているのが当たり前になってドキドキが失せてない?)


 妹と一緒に暮らしていてドキマギする男子高校生はレア中のレアであるように、人形サイズの一個下の女の子と半年以上も一緒に暮らせばトキメキは減ってくる。


 柚は冴という新たな脅威を知り、危機感を抱き始めるが、打つ手がない。


(冴は私と同い年、私の憧れの紫苑女学院に入っていて成績は上位、茶道部に入っててとてもお淑やかで真面目、アルバイトの後輩で私と同じ木下塾のバイトをしている。……ダメ、今思えばあの子に勝てる要素って何もないんじゃ……!? アドバンテージって言えば一緒に暮らしているってことだけど、さっき思ったようにその効力が失せ始めているし、私ピンチかも!)


 仮に涼が冴と付き合ったとしても柚を追い出したりしないだろう。しかし、そんな未来が来るのは非常に困る柚であった。


 涼の役に立とう、大好きな子どもの成長を手助けしたい、そういう思いでここ3ヶ月木下塾の教材作りに勤しんできたが、原点回帰だ。


 いや、原点とは違う。前まで真剣に考えていた涼に好きになってもらう作戦(そんなものは立てていない)を再始動(始まってないものは再びとは付かない)させねば、と柚は心の中で誓いを立てる。


「どうしたんだ、ジッと黙って。紅茶のおかわり淹れようか?」


「あ……うん、お願い。ミルクと砂糖入れてね」


「了解」


 涼がキッチンの奥へと消えると、柚は思考を加速させ作戦を立案する。


 涼の出す勉強課題をこなしてきた柚は地頭が良くなっていた。過去最高レベルで頭が働く。自分の時間が早く動いていると錯覚してしまいそうだ。


(涼に甘々でって頼めばよかった……)


 詰将棋ではないのだから答えがあるとは限らない。


(文化祭デートをもう一回っていうのは……芸がないっていうか、人が多くて効果無いか。このまま塾の手伝いを続けて……冴なら一緒に教える上で仲良くなっていきそうだけど、私二階で監視しているだけでないわー。そもそも3ヶ月もやってっていい感じになった記憶ないし。あー、頭は回るけど最近アレだったからなぁ。なんか良いアイデア浮かばないかしら?)


 女の子座りをしつつ顎に手をあて必死に考えるが、良案が浮かばない。


 いくら頭の回転が早くとも視野が狭く、柔軟に考えられなければ意味がない。夏休み明けてからたまに外に出かけるが、木下塾と自分の勉強にばかりに集中していたから実体験の幅を広げられないでいた。


 再度自分が冴の立場だったらどれだけよかったかと思ってしまう。思考の邪魔だ。


 やがて涼が新しいミルクティーと食べ飽きてきたクレープを持ってきた。そろそろ新しい茶菓子を食べたいが、明日までの辛抱だと心の中で何度も呟く。


(……とりあえず文化祭がダメな以上来週から何か行動を起こすしかないか。幸い私一人家で休んでいるなら考える時間はいっぱいあるし、調べることもできるわよね)


 柚は一度思考を放棄し、涼の作ったクレープを一気に食べ尽くして糖分を摂取する。


 一昨日子どもたちに振る舞っていた時よりも上手に生地が作れている。随分涼は文化祭にやる気を出しているのね、と思いつつ柚は少し甘いミルクティーをそっと口に含んだ。

そう、実は体育祭は終わっていたのです。

別に3年生になった時に取っておこうとか思っていたわけではなく、タイミングがありませんでした。


次回

王子さまの給事

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