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妖精の住処  作者: 速水零
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慣れない触れ合い

あらすじ

呼び方が変わって夢の共有をした

「……さて、色々と話したいことはあるんだが、そろそろ出なきゃいけない時間だ」


「結構早い時間に出なきゃいけないのね」


「寝過ごしたやつから延滞料金取るためなんだろうな。カラオケとかでもそうらしい」


「これからどこに向かうの?」


「決めてない」

 

 涼はキッパリと答えた。


「どうして何も考えてないのよ」


「予定を立てることが嫌いなんだよ。せっかくだしどこか観光して帰るか」

 

 涼は旅好きではあるが、この土地は未開拓で、オモチャを眺める少年のように目を輝かせていた。激動の一日を過ごし、満足に睡眠も取れていないため、涼は心身共に疲れきっていた。


(どこかに景色のいいところや温泉はないかなぁ)


「私は早く帰りたいんだけど」

 

 柚は心を見透かしたような目を涼に向けた。もう寄り道はしたくないと目が語っている。


「帰るってどこに?」


「もちろん涼のい……え、に……」

 

 柚の顔が少し青くなっていくのを涼は見逃さなかった。


「それもアリだけど少し疲れを取らないか?」

 

 涼は何も反応せず、柚の言ったことは当然だと言外に伝えた。


「ま、まあそうね。温泉とかにゆっくり浸かるのも悪くないわ。やってることがちょっと年寄りくさいけど」

 

 柚は汲み取れなかったが、努めて明るく振る舞う。


「中学卒業したてのやつがちょっと疲れたからといって温泉に出かける、というのは確かに面白い話ではあるが、気にしない気にしない! 僕の趣味に付き合うとでも思ってくれよ、後輩」


「私、涼のことを先輩だと思ったことないけど」


「じゃあなんだと思ってくれているんだ?」


「えッ! ………えっと……友達?」

 

 柚は頬を染めて戸惑ったが、すぐに冷静になり首を傾げながら答えた。


(確かに私と涼の関係って不思議よね。友達って言っちゃったけど、どうにもしっくりこないし。仲間? それもなんか違う。そもそも仲間って友達の上位互換みたいなものじゃない。たぶん。居候……その言い方はなんか釈然としないわね。正しいけどさ。ん〜、本当にどんな関係なんだろう)

 

 んーんーっと何かに悩んでいるかのように柚は首を傾げたのち体を捻らせ、しまいには体を反らせた。


 涼には柚がオーバーに悩んでいるように見える。涼にとって関係性を言語化する必要はなく、興味を引くものではないからだ。


 興味のないものには心が動かされないし、とことん無関心なのだ。

 

 ただ、柚の性格はだいたいわかっているので、どうして悩んでいるのか理解できる。柚のことを放っておくことにした。

 

 柚を見ていて飽きることはなさそうだが、時間がもったいないので、涼はタブレットを取りだし近くにある温泉を探すことにした。


「さすがに田舎の方だとなんかよくわからない天然温泉が点々とあるな。関東県内ということもあってレビューの数もそこそこあるし。まぁ人がごった返している温泉で疲れをとるってのは好みじゃないんだが……」

 

 柚は涼の独り言を聞いて我に返る。勝手に目的地を決められるのは面白くない。ここは柚の故郷なのだ。

 

 ジャケットの胸ポケットに収まっている柚は自分も見たいと言わんばかりに乗り出した。ポケットの足場は不安定で、手の力でしっかり安定させる。ポケットの住人という称号が贈られるのも時間の問題だろう。本人にとっては不本意極まりないことは言うまでもない。


「私いいところ知ってるわ」


「なら先に言ってくれよ」

 

 涼はため息をつくように答えた。

 

 沸点の低い柚には少しイラっときたようだ。そして声を大にしていった。


「聞いてこなかったじゃない!」

 

 自分は何も悪くない! 目がそう訴えていた。


「んー……それもそうか」

 

 反論しようとも思った涼だが、そこから先が面倒であるため、納得したように言葉を吐いた。聞かなかったのが悪いということもその通りだしな、と心の中で呟く。


「…それで、行きたいって所はどんな温泉なんだ」

 

 仕切りなおすように間をあけて言った。

 

 柚もそこまで気にしているわけではないため、頭を切り替え自分が元の姿だったことを思い出しながら振り返る。


「天然温泉で、牛乳が美味しくて、それなりに安くて……休憩所でのんびりできたわね」


「ごくごく普通の温泉のようにしか聞こえないな。地元民だから秘湯知っているんだぁ〜とかいう面しておきながらその程度なのか?」

 

 涼は今まで柚に見せた中でもっともいい笑顔を柚に向けた。


「しょ、しょうがないじゃない。そんないろんなところに行ったりしないもの。一番近いところだし」


「ふ〜ん。別に、恥ずかしがることはないんだぞ」

 

 顔を赤くした柚が可愛く見え、涼は指先で柚の頬をツンツン突っついた。

 

 涼の指先の大きさは柚の頬全体を覆うほど大きく、つきたての餅を触っているようなとても柔らかい感触があった。

 

 柚の顔がさらに朱に染まる。


「か、からかわないでよ!」

 

 柚は小さな両手で涼の人差し指を掴んで遠ざけようとした。

 

 足場の悪いポケットの中では思うように力が出ず、涼には少しの抵抗しか感じられなかったが、そこにまた愛らしさがあり、クスリと笑った。


「わかったわかった」

 

 涼はまだまだイジリ足りなかったが、あまりやると柚の逆鱗に触れると思い、子供のわがままを聞き入れた親のように応え、指を離した。


「じゃあ案内してくれるか?」


「ええいいわよ。ここから歩いて一時間くらいのところにあるわ」


「少し遠くないか?」


「昨日あんなに寄り道できたんだからそのくらい歩けるでしょ?」

 

 さっきの屈辱を晴らしてやろうという気持ちがダダ漏れだった。柚は隠す気もなく、友人をからかうような口調で涼に微笑みかけた。


「しょうがないな。確かにそのくらいは余裕だし、観光したいと言ったのは僕だ。案内してくれるかな?」

 

 涼はタブレットをカバンにしまい、柚の頭を指先で撫でた。

 

 頬をつつかれた時は抵抗をみせだが今回は頭を下に向け受け入れた。


(あ〜もう! そんな勝手に触ってこないでよ! こっちだって心の準備ってのがあるのに、バカ! 私がちょっと仕返ししたって躱してくるし、これが年上の余裕ってやつなのかしら、ムカつく! こんな身体じゃ涼に触ろうとしても全然届かないし……ッ! いやッ、別に涼に触りたいわけじゃないわ! ただ仕返ししてやりたいだけ!)

 

 柚はまた頬が朱に染まっているところを見られたくないため、ポケットに顔を隠した。

 

 涼達は色々な小さい名所を巡っていきながら温泉を目指した。

 

 二人の間に会話が途切れることはなく、出逢った時から一番温かい時間が流れていった。

 

 涼の住む土地では桜がそろそろ散る頃だったが、そこから二百キロも北上している柚の地元付近ではまだ満開といってもいいほど桜が咲いていた。

 

 薄紅色の花びらが二人の世界を彩った。

 

 辺りに計画的に植えられた木々の新緑は春風を全身で受け、カサカサッと音を立てて二人の耳に安らぎを贈った。

 

 柚が名店のパン屋と評した食パン専門店から風に乗って官能的な香りが流れ出て鼻腔をくすぐる。

 

 反射的に柚のお腹が空腹を訴えた。

 

 二人は顔を見合わせて頷きあう。

 

 進路は温泉から朝食に変わった。

大事なところがさらっと流れましたが、そういうこともあるでしょう。

体格差から一方的なふれあいになってしまうのが可哀想です。


次回

温泉ということは……

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