茶道体験
あらすじ
アルバイトの勧誘をしてみた
「そういえば、塾に関して詳しい話をしたことなかったな」
涼たちは中等部にあるパンケーキの出店でのんびり食後のデザートを堪能している。
中学生とは思えないほどパンケーキのクオリティは高く、気になった涼がいつもの王子さまスマイルで中学生にわけを尋ねると、洋菓子店を経営しているオーナーの娘がいて、素材を取り寄せたらしい。
値段が高ければ高等部の喫茶店と同じ手を使ったのかと聞くまでもなかったが、リーズナブルな値段にはそういった裏があった。流石お嬢様学校だと感心する。
「そうですね、学校の授業の補助や受験を目指しているのではなく、脳のトレーニングのようなことを中心に行なっているとは聞きました」
「まあ九九をやろうとしたり漢字をやったりとか学校でやる勉強もやるけどね。時給は三千円として、残業が出たらその都度同額を加算していく感じでいいかな? 残業って言っても居残りで勉強したい子の面倒を見るだけだから、人数も少ないし用事があれば帰ってもいいよ」
真には一授業ごとに一万円を払うと言ったが、冴は一授業約六千円とバイト代の提示金額に大きな差がある。その差は能力や成績が関係しているのは言うまでもない。
いかに冴が名門の女子校で上位の成績を保持していると言っても、真には遠く及ばない。彼は紫苑女学院よりも進学実績のある高校の中でトップの成績を得ているだけでなく、模試では全国1位をとったことがある本物の天才。
むしろ2時間彼に教わる対価が1万円というのは彼に対する冒涜といえるほど安い金だ。
だからといって時給三千円も相当な金額であり、普通の高校生がどれだけ探してもそんな割の良いバイトは見つけられないだろう。
「そ、そんなにいただけません!」
当然真に提示したバイト代の額を知らない冴は破格過ぎると思う。ファミレスのアルバイトの約3倍の時給だ。
冴は両手をパタパタ振って断ろうとする。
「いや、受け取ってくれ。辞められると結構ピンチってのもあるけど、僕は冴の実力に見合う対価をしっかり払いたいんだ」
「で、でも、いくらなんでも高過ぎますよ! せめて時給千五百円とか、そのくらいでどうですか? 私、絶対に辞めませんから!」
真面目な冴はどうしてもそんなに受け取れないと言う。そういう真面目で真っ直ぐな性格を涼は高く買っている。子どもたちに良い影響を与えてくれそうだ。
「もらい過ぎて申し訳ないとか思わなくていいよ。……とはいえ、このままだと話が平行線になるだろうから、冴の分はある程度取っておくことにする。何か大きな買い物がしたくなった時に言ってくれればいつでも振り込むからそうしてくれ」
「……はい、わかりました。よろしくお願いします」
まとまったとは言い難いが、しっかりお金の話をすることはできた。
その後他愛もないことを30分ほど話し、涼たちは別れる。見たいところは冴に会いに行く前に全て行ったので、このまま冴の所属している茶道部の茶道体験に行こうと思う。
パンフレットで場所を確認していると、涼のスマホに着信が入った。
「どうした?」
「どうしたも何も、こっちはずっと暇で退屈し過ぎてたんですけど」
電話をかけてきた相手は柚だった。
ベルトを外したスマートウォッチを活用して涼にringの通話をかけている。柚用のスマホと柚を一緒に入れると歩いている時にガタガタ当たって痛いと苦情をもらったので、そう工夫している。
空や海とのデートの時からずっとそうなのでもう操作には慣れているが、スマートウォッチで時間潰しはあまりできない。せいぜい音楽を聴いたりできるくらいだ。
どうにかして漫画や本でも読めないかと思う柚だが、そもそも時計で読むものではないので現時点でそういったアプリはない。
「それは悪いことしたな」
「ほんとよ全く、後輩にデレデレしちゃって……私の存在忘れてたんじゃないでしょうね!?」
「ぶっちゃけ結構忘れてた」
「正直に答えれば許されると思ってんじゃないでしょうね!! この落とし前どうつけてくれるのかしら? えぇっ!!?」
「ヤクザみたいだな。後でケーキとかお好み焼き買うからそれでいいだろ。それに、そもそも冴と遊ぶからなって言って連れてきたんだから、それで怒られるのは納得いかない」
「こっちは納得いってるからいいの!!」
柚が抱いているのは退屈な時間を過ごさせられたことによる怒りではなく、冴に対する嫉妬だ。
どこでそんな筋が通るんだよと涼はぼやきつつ、茶道部にやってきた。
茶道体験ということで茶道部の部室で行われるようだが、ここにいつも冴が部活動をしていると思うとなんだか感慨深い。
部室の外には和服を着た客引きの子がいた。
茶道体験をしたいんですけど、と話しかけ、涼は茶道部へと案内される。冴からの紹介だと言うのはやめてほしいとのことで、「茶道に興味があるのですか?」という質問に対してYESと肯定した。
文化祭の出し物である以上体験に時間はかけられないらしく、茶道部員の点てたお茶と茶菓子をいただくだけの方式らしい。
お嬢様学校の和服美人が点てたお茶をしっかり90度時計回りに回していただく。
茶道には表千家、裏千家、武者小路千家などの流派があると涼は聞いたことがあるが、しっかりした作法は知らない。
茶道部員の言う通りの作法で涼は茶道体験をしていくのだった。
「お茶美味しかった?」
「結構いけるな。ちょっと敷居が高いから自分でやろうとは思わないけど、抹茶の美味しい店に行ってみたいとは思ったな」
「お茶菓子も出たんでしょ。いいなぁ」
「じゃあ今度アルバイトに来てもらった冴に点ててもらおうか? 案外安く茶道具セット買えるみたいだし」
「それはヤ」
「柚って冴のこと結構嫌ってるよな。海や空の時もそうだったけど、何かあるのか?」
「べ・つ・に!!」
プツンと通話が途切れる。
涼は頭にクエスチョンマークを浮かべながら紫苑女学院をぶらぶら歩いて回った。
何人かに楽しそうな誘いを受けたが全て断る。
お嬢様学校でも出逢いに飢えているんだなぁと実感しつつ、涼は柚のご機嫌とりの品物を買い揃えて紫苑女学院を後にした。
茶道は少しやったことありますけど、奥が深いです。お茶菓子はとっても甘くて美味しいのですが、とても小さくて子どもの頃はおかわりを所望したものです。
次回
新たな授業