表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖精の住処  作者: 速水零
185/312

アルバイトの勧誘

あらすじ

あーんした

「「ご、ご馳走様でした」」


 頼んだものを残すのはポリシーに反するので、2人とも時間はかかったが、しっかり完食した。 


「次どこ行く?」


「そうですね、次のシフトが近いので、歩いてまわりながらデザートでも食べませんか?」


 涼はすでにクレープとケーキを食べているのでもう甘いものを口にする気はないが、冴の提案なので自分の気持ちを押し殺して頷く。


 中等部や高等部、部活からの出店が出ているので、デザートとなる出店の数は多い。


 今まで高等部と部活を中心に見てまわっていたので、涼たちは中等部へ足を運ぶことにした。


「冴の部活……茶道部だっけ? 文化祭では何やってるの?」


「私たちは茶道体験ですね。2年生と推薦の決まった3年生が中心となって行ってます。1年生も運営を見てサポートもしますが、私は今回ホールリーダーのようなことを任されたのであまり顔を出せてません」


「へぇ、茶道体験か。紅茶とかコーヒーは好きで淹れ方とか研究するけど、茶道はやったことないな。茶は家でもたまに急須でやるくらいだし」


 涼は日常生活で触れてきたものを中心に趣味の幅を広げている。茶道に興味を抱いたことはないが、やってみるのも悪くないと思う。


「では、後で体験にいらして下さい! 残念ながら私は担当できませんが、きっといい経験になりますよ」


 デザートを食べに行かず、一緒に茶道部を行ってみたい涼だが、冴は部活の先輩や同期たちにあれこれ邪推されて弄られるのが嫌なので選択肢から外していた。


 揶揄われるのはいじめっ子のクラスメイトからで十分だ。


「そうだな。後で行ってみるよ」


「でも、絶対私の名前出さないでくださいよね!」


「どうして?」


「い、いえ、別に何かあるわけじゃないんですけど…………えいっ!」


 冴は言い訳が思い付かず、話題を逸らすために今度は自分から涼の手を握った。


 ちょっと暖かい。


 涼の温もりを感じ、突拍子もないことをしてしまったと後悔する。


 だからといってここで手を離すのは余計に恥ずかしく、「これから向かうのは知り合いのいない中等部、知り合いのいない中等部、知り合いのいない中等部」と念じるように独り言を呟く。


 冴は高校受験をして紫苑女学院に入ったので、中等部の知り合いは皆無と言っていい。茶道部も中等部にはなく高等部にしかないので、部活繋がりもない。


 涼はこのまま冴を追求しても良いのだが、話したくない理由があるのだろうと推測し、優しく微笑みを返して手に軽く力を込める。


 しばらく冴は黙ってしまい、涼は所々に立っている中等部への看板を頼りに進んだ。


「そうそう、冴にお願いしたいことがあるのを忘れていた」


「……なんでしょう?」


 せっかくのデートなのだからこのまま黙って過ごすのは嫌なので、さも今思い出したかのような調子で冴の興味を引く。単に話すタイミングがなかったというのもあるが。


「僕が木下塾って塾をやっているだろ」


「もちろんです」


「最近結構入会者が増えててね。場所が手狭になってきたって問題もあるけど、それ以上にこのままだと1人で全員の面倒を見切れないんだ。BASICって通常授業だけでいいから、サポート役のアルバイトをしてくれないか?」


 男の子の保護者への説明会で話したが、涼はいずれ受験勉強のために授業をすることができなくなる。


 そういった事情もあるため、アルバイトをお願いするのはいずれ授業の司会ができる者でなければならない。


 説明会の時から考えていたが、涼の代わりを任せられるのは推薦で最難関大に入るのがすでに確約されているような同級生榊真か、名門女子校に通う後輩の冴しかいない。


 以前真にアルバイトの勧誘を行なったが断られてしまった。


 そして、今冴にも勧誘を行おうとしている。


「サポート役……ですか?」


「そう、僕が司会進行みたいなことをやって、冴が躓いていそうな子を見て回るって形でやりたいんだけど、どうかな? もちろんバイト代は弾ませてもらうよ」


 真の方が冴よりもずっと優れているから、次点として冴に声をかけているわけではない。


 むしろ女の子だらけの塾なので、女性アルバイトの方が必要だと涼は考えている。


 海や空も歳下ということでアルバイト候補ではあるが、残酷な話保護者たちが気にするであろう【名門高校在籍】というステータスが彼女たちにはない。


 よって、仮に葵がAO入試や推薦で大学を受験するとなっても声をかけるつもりはない。他の地元友達も同様に厳しいだろう。


 涼は相手を学歴で判断するわけではないが、高校生が運営し、アルバイトも高校生に任せるとなると、保護者が納得し、より信頼を得るための()が必要だ。


 部活に入っておらず交友関係を広げてこなかった涼に、高校の先輩や卒業生とのコネクションはない。


 高額なバイト代を払ってでも冴を引き込みたい。


「だめ……かな?」


 冴を握る手に力が入る。


 手を繋いでいるのを意識させられた冴は心拍数が跳ね上がり、冷静な判断力が欠如していく。


(涼さんの頼みだし断れないなぁ。涼さんの家に行けるのはとても魅力的だし、授業の後一緒にご飯を食べたり……って、アルバイトの話でしょ! でも、困っているなら力になりたい。………………うん!)


 冴は少しの間思案する。バイトに行く時間があるかだけでなく、両親の説得もしなければならない。


 だが、名門翔央高校に通う先輩の仕事の手伝いで、しかも時給の良い塾講師ならば、むしろファミレスのアルバイトを辞めてそっちに専念したらどうだと言われるかもしれない。


「わかりました。アルバイトさせて下さい!」


「ありがとう、本当に助かる。じゃあお礼にデザートも奢ろうかな」


「え、悪いですよ! さっきから涼さんに払ってもらってばかりで。この話は私にとっても良いことですから、私に奢らせてください!」


 端からは中等部に遊びにきたカップルが仲良くケンカしているようにしか見えない。


 涼たちが入ったパンケーキを出している出店の中等部生は、高等部の紫苑生とは違い羨ましさ満点の視線を涼たちに送るのだった。


 やっぱり高等部では外部との繋がりが増えて夢に溢れている、という勘違いが勢いよく拡散する。

GMARCH以上の大学生のみが講師を務めております、なんて塾に入りたくなる人は多いですよね。

特に家庭教師をバンバン付けられるような富裕層なら尚更要求が高くなるでしょう。


次回

茶道体験

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ