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妖精の住処  作者: 速水零
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あーん

あらすじ

お好み焼きを奢った

 会計を済ませて数分待つと涼たちの分のお好み焼きが出来上がっていた。


 お好み焼きを立ち食いするわけにもいかないので、冴の案内で2人はは中庭のベンチに腰掛けて食べることにする。


「本当にたくさんの人が来るものだ。日曜だからか?」


「そうですね。昨日よりは来場者が多いと思いますよ。日曜に来られる保護者も多いですし、友達を呼ぶにしても土曜日は学校があるところもあるので」


「それもそうか。土曜まで学校があるだなんて面倒だな。僕は近くの学校ってことで翔央を選んだけど、土曜も授業があるなら絶対受験しなかったな」


 涼は学校が嫌いというわけではないが、土日にキャンプをしたいので、2日連続の休みが欲しい。


「紫苑は土曜もあるので涼さんが羨ましいです。あ、あそこです。のんびり食事するには最高の立地なんですよね。ちょうど一席空いたようなので、そこに座りましょう」


 2人用の小さなベンチに腰掛けた二人はそれぞれ注文したお好み焼きを取り出す。


「「いただきます」」


「ん、美味しいな。これも文化祭のレベルを超えている……。お嬢様学校なだけあってみんな料理が得意なのか?」


「そうでもないと思いますけど、やっぱり部活で毎年同じ出店を出しているからでしょうね。マル秘レシピとかありそう」


 生地にしても焼き加減にしても文句のつけようがない。出店にしてはメニューが豊富だと思ったが、数で売るわけではないようだ。


 少し肌寒い木枯しの吹く秋空の下、作り立てのお好み焼きを頬張る。涼と冴、肩が触れそうな間に座りながら、一切お互いを意識することなく箸を進めていった。


「ほら、約束していた豚チーズ玉だ。一口どうぞ」


「ありがとうございます」


 涼は未だ食べ進めてない地区を切り分け、冴の口元に差し出す。


「あの、涼さん……それはどういうことですか?」


「どういうも何も、一口あげようとしているんだけど?」


「いえ、ですから、私の器に置いてくれるんじゃないんですか?」


「そうは言ってないだろ。ほら、向こうのベンチに座る人たちみたいに、食べなよ」


 添えている左手で十数メートル離れたベンチに座るカップルを指差し、冴にこのままかぶりつくよう促す。


(これも定番といえば定番だな。柚にやったことあるけど、あの時はペットに餌をあげている気分になって甘酸っぱくもなんともなかった。冴も恋愛感情を学びたいならこの展開は好都合のはずだ。……無茶苦茶恥ずかしいだろうなぁ)


 涼の目的は恋愛を意識から、冴が恥ずかしがりそうなデートのシチュエーションを再現する遊戯に変化し始めていた。


 もちろん、涼も面白がるだけでなく、少し恥ずかしさを覚えている。


「えっ!? …………そういうことなら、まず私が涼さんに差し上げます! 奢ってもらっちゃいましたし、なんなら三口くらい食べてください!」


 冴は顔を逸らし、少し大きめにお好み焼きを切り分けて涼の口元に差し出す。食べさせるのに比べ、食べる側の方がよっぽど恥ずかしい。


 嫌ならキッパリ断れば良かったのだが、これはアリなのでそんな選択肢はない。


 さながらハンドガンの銃口を突きつけ合っているようだ。お互い動くことができず、視線がぶつかり合う。


「あーん」


 涼が先にトリガーにかかった指を引き、口元へと放ろうとする。


 冴も黙って撃ち込まれるのを待つわけではい。出遅れたが、銃弾と違って放われ始めてからでも止めることはできる。


「いえ、ここは私のを先にあーんしてください」


 冴は左手でお好み焼きの進行を防ぎ、自身の武器を前に押し出しこちらが先だとチラつかせる。


 あーんと言われたのを止めるのはルールを犯している罪悪感があるが、四の五の言ってられない。


「遠慮しなくていいんだぞ」


「遠慮ではありません。後で私もいただきますから、涼さんどうぞ。はい、あぁ〜ん」


 冴は今まで生きてきた中で一番可愛らしい猫撫で声を出した。父親を除いた異性相手に初めて甘え声を出した冴は、計算なしに、努力もなしに、天賦の才のみで涼を魅了した。


 まさに魔性の女。


「あーん」


 涼の右腕はだらりと垂れ下がり、思わず口を開いていた。


 優しく冴は魅惑の笑みを浮かべながら涼の口にお好み焼きを放る。


 柔らかな生地が口の中に広がった瞬間、涼にかかっている魅了が解けた。


 恥ずかしい。


 いつもは気にならない周囲の視線がやけに深く突き刺さる。


 美味しい。美味しいはずだが、全く味がわからない。無味というわけではなく、味を感じはするのだが、舌から受けた電気信号を脳が読み取れずエラーを出している感じだ。


 夏に戻ったのかと正気を疑うほどに身体全体が熱い。信じ難いが椿の言った通り、自分から異性への壁を取っ払うとかつて少しも感じなかった感情が湧き上がる。


「ど、どうですか、エビの海鮮玉は?」


「お、おいしいよ。こっちも、悪くない」


「それは良かったです。では、もうひと――」


「じゃあ次は僕の番だな。はい、あーん」


 御返しとばかりに涼は世渡り術を応用した演技力をフルに活かし、柚と観た少女漫画原作のアニメのイケメン王子を演じる。


 立場が完全に逆転し、今度は冴が無意識に涼のお好み焼きを口にしていた。


「どうだ、美味しいか?」


「…………」


 純粋無垢なお嬢様の冴は中々硬直から抜け出せないで口だけをもぐもぐ動かしていた。


 涼には冴の気持ちが痛いほどよくわかる。


 そして、自分が先ほどどのような表情をしていたのか冴を見て理解した。


 同じだ。


 鏡を見ているように冴には涼の照れて硬直した姿が現れている。


 そして、思い出した。


 これと似た顔を昔付き合ってた頃の葵がしていたことを。


 海や空が稀に見せる表情にこんな顔があったことを。


 柚がさくらんぼのように真っ赤に頬を染める時に近しいことを。


 様々なシーンが走馬灯のように浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。


 涼はこれで皆が自分に惚れていると考えたりはしない。自分も冴相手にそんな顔をしていたのだから。


 しかし、異性を大きく意識した時、人はこうなるのだとわかった。


「味、するか?」


「……よくわかりません。恥ずかしくて死にそうです」


「あのカップルすごいな」


「はい。……私たちは子どもですね。未成熟な幼児のよう」


 涼だってさっき私と同じ気持ちだったのでは、と推測した冴は涼と自分を一纏めに幼いと一刀両断した。


 自分とそう歳の変わらない彼女らを尊敬する。学校内で自重しているのだろうが、あの雰囲気からして冴が及びもつかない先まで進んでいるに違いない。


 あーんで固まる自分が情けないが、不思議と自虐的にはならなかった。


「別にいいじゃないか。これぞ思春期ってものだろ。もう一口あーんするか?」


「いえ、もうお腹いっぱいです……いろんな意味で。涼さんに残りを食べさせてあげましょうか?」


「いや、実は僕も食べられそうにない。捨てるのもったいないから、口直しに飲み物買ってくるよ。何がいい?」


「ではお茶をお願いします」


 私が買いに行きますよ、と言いたいところだが、硬直から脱したばかりでそもそも動くことも間々ならない。恥ずかしさが無限に湧いてくる。穴があったら入りたい気分だ。


「了解、ちょっと待ってて」


 涼もなるべくこの場を立ち去って、周囲の視線とどこからともなく湧き出てくる羞恥心を置き去りにしたい。


 涼は未だ顔を朱に染めながら中庭に来る途中で見かけた自動販売機まで走って行った。

相変わらず中々進みませんが、重要な回なので楽しく時間をかけさせてください。

十五夜祭は後1、2話で終わる予定です。


次回

アルバイトの勧誘

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