十五夜祭1日目
あらすじ
冴の友達登場
「ごめんごめん、お待たせ」
バタバタと髪を揺らし、葵は校門前で待つ冴に向かって走っていた。
「いいえ、時間通りですよ。今日は遊びに来てくれてありがとうございます!」
本日は紫苑女学院の文化祭、十五夜祭の1日目。冴は仲の良いバイトの先輩である葵を誘って文化祭を楽しむ予定だ。
もちろん、クラスの出店のカフェのエースなので遊べる時間は長くない。
明日はなるべく涼と長くいるためには中学の頃の友達とも今日遊ばなくてはならないので、人気アイドルのスケジュール並みにギチギチにハードな予定が組み込まれている。
「いいよいいよ。私も一度紫苑女学院にきてみたかったのよね。誘ってくれてありがとう。……でも、こんな腕に招待状を留めておかなきゃいけないなんて、相当不審者を警戒しているのね」
校門を抜けた直後美術部と書道部によって装飾されたアーチ状のゲートが姿を見せる。
ゲートを抜けるとSPのように佇んだ風紀委員の腕章をつけた生徒が待ち受けており、招待状をチェック、パンフレットを渡してきた。
文化祭っていうよりも美術展に入る気分なんだけど、と葵は思ったが口には出さず、愛想よく風紀委員たちに礼を言ってその場を後にする。
いちいち招待状に記載された主と共にゲートを抜ける必要があるわけではないが、一緒に行動したほうが風紀委員の視線も和らぐ。一体どんな教育をすればここまで厳格な風紀委員を生み出せるのだろう。やっぱり時代錯誤している学校なんだな、と葵は少し紫苑女学院を嗤った。
「まあうちは堅い女子校なので仕方ありませんよ。血気盛んな子たちはナンパされ辛いって文句言ってますね」
「あー、女子校とか男子校生にとって文化祭は異性と関わるチャンスだもんね。こんな首輪みたいなものぶら下げていちゃおいたは出来ないし、させられないか。ほんとこの文化祭にカッコいい男子がやってきたとしても誰かの所有物なんだってまず先入観抱いちゃうし、私が今自分で言っておいてなんだけど、首輪とはよく言ったものだわ」
葵は何が面白いのか手首に巻きつけた招待状のチケットを掲げてケラケラと笑う。
あまりお利口さんが多くない学校に通う葵にとって紫苑女学院はただの憧れしかなく、自分には肌が合わないと序盤も序盤で理解した。
逆に才色兼備のお嬢様タイプの冴にはよく似合うなぁとモデル雑誌のコーデを眺める気分で隣の冴をジーッと見つめる。
「それで、冴ちゃんはまずどこに行きたい?」
「えぇっと、葵さんの行きたいところならどこでもいいですよ」
「いいよ、冴ちゃん時間あまりないんでしょ。私が行きたいところは後で勝手に行くからさ。私は冴が楽しめるところ行きたいな」
「は、わかりました! じゃあ室内演奏楽部の喫茶店入ってみませんか? 確かあそこの演奏時間がもうすぐだったはずですし、同じカフェをやる商売敵ですから偵察しませんと」
「うんうん、いいね。お嬢様たちの演奏には軽音楽部の私も興味あるし、行ってみようか!」
意見が固まり、冴たちは室内演奏楽部の喫茶店に足を運んだ。
部活が出している出店のため、クラスで行われる出店よりもクオリティが高い。
衣装は毎年制服なので差は感じないが、店の雰囲気が良く上級生の客対応が堂に入っている。マニュアルやOBたちからのアドバイス、顧問の指導の賜物だろう。
それに衣装に差がなくとも内装の凝り具合が違う。毎年文化祭用の予算が割り当てられるので、一介のクラスが真似できないレベルの気品が漂ってくる。
「はぁ、やっぱりすごいねーお嬢様たちの演奏は。流麗な仕草に、羽毛で包まれているかのような柔らかい音色。これが小鳥の囀りなら私たちは喧しいセミの鳴き声だわ。紅茶もケーキも美味しい」
「……これは、かなりすごいですね。私たちも紅茶を出しますが、残念ながらここまで美味しくはありません。淹れ方が良いでしょうね。ちょっと悔しいですけど、この室内楽を聴きながらのティータイムは至福です。感服いたしました」
冴たちは偵察や興味本位で訪れた喫茶店の出店にすっかり心を解きほぐされ、30分も滞在してしまった。
「……ずいぶん長居しちゃったね」
「……はい、最高の居心地につい寛いでしまいました。楽しかったですけど、一気に見て回る時間がなくなりましたね」
「そうだね。まあまだ時間はあるんだし、もう2軒くらいオススメを教えてよ。……明日、涼と見て回るときの予行演習としてさ」
「はい、そうですーーッ!? な、なんでそれを!? わ、私、葵さんには誰を招待したなんて言ってませんでしたよね!?」
突然の葵の言葉に動揺を隠せない冴。
ちょっとこの室内演奏楽部の出店はいいかもしれない、他にはどこに連れて行けば諒さんに楽しんでもらえるだろう、と考えていた冴は葵に計画を見抜かれていることに一瞬気が付かず、つい口走ってしまった。
「言ってないけど、最近2人仲良いからね。もしかしたらとは思ったんだけど……どうやら当たりみたいだね」
「か、鎌かけたんですか?」
「別にそんな大層なことしてないって。気になったから聴いただけ。それに、別に私は楽しいんだから気にしないでよね」
「え……? ほ、本当ですか?」
冴は葵に自分を蔑ろにしていると糾弾されるのかと思ったが、むしろ逆の反応に困惑している。
自分は楽しく遊そんでいるのに相手は男とのデートスポット探しに利用していた、となれば誰だって良い気はしないだろう。もちろん冴は葵と文化祭を見て回るのを楽しみにしていたし、最初はそんなつもり一切なかった。ちょっとそういった側面が出てきただけなのだが、葵からそう思われなくても不思議ではない。
「うんうん。涼じゃないけど、私も楽しければなんでもOKだから、面白そうなとこ行こうよ。あいつもそういうの大好物だし、ジャンジャン参考にしちゃって」
「は……はい。わ、わかりました! 面白そうなとこいっぱい見て回りましょうね!」
冴は「わ、私が涼さんと2人で遊んで……デートして、本当にいいんですか?」と聞きたかったが、口に出すことができなかった。
葵が涼のことをどう思っているのか聞いてみたい。
だけど、聞こうと思うと体から冷たい汗が湧き出てくる。まるで石化したかのように喉が震えないし吐息が出ない。声が、出ない。
今口に出せない以上、葵の良心?に乗っかって楽しむしかない。
冴は疑問を心の奥底に閉じ込めて明るく振る舞った。
「そう来なくっちゃ! じゃあ、次は弓道部の弓道体験はどう?」
なんとか日付が変わる前に書き終わりました。
今日は『妖精の住処』初投稿から半年の記念日です(給料日でもありました……)。
まさかここまで続くとは思ってもいなかったので感無量です!
1年このまま続けられたら素敵ですね。