新メンバーの応戦
あらすじ
保護者達に攻められた
「たしかに受験勉強は――」
「涼くんならば大丈夫ですッ!」
涼が説明をしている最中に横から反論が飛んできた。
涼の味方になってくれたのは【涼くんを見守り隊】の新メンバー、昨日英会話の体験を受けにきた女の子の母親だった。
「涼くんはすごいんですよ! すでに大学受験を受けてもほとんどの大学に受かるレベルで勉強ができるんです!」
流石にまだ高校生範囲を全て履修し終えたわけではないので合格できると言い切れないが、履修した範囲のみに限定した過去問集には無双状態だ。
偏差値65を超える大学は難しいがあるが、まだ1年以上余裕があるのでこのまま学習を続ければ余裕で入れる自信がある。
これは誇張でも自尊でもなく、模試や進学校で何十年も教鞭を取ってきた先生からの評価だ。
(だが、なんで昨日体験授業を受けた子の保護者がそんなこと知っているんだ? 昨日は授業を見にきた恵さんや花さんと色々話していたみたいだけど、何を聞いたんだ? 僕に関する情報は木下塾に入りたい人に対してフルオープンで良いと言ったけどさ……)
涼がENGLISHをやっている時(火曜の英会話をENGLISH、水曜の一般授業をBASICとしている)、恵と花が【涼くんを見守り隊】への勧誘を仕掛けていた。
その保護者は1時間以上にわたる洗脳にも似た勧誘によって入隊を決めている。ENGLISHを受けるかどうかは未だ未定だが。
「あの……色々口で説明するのは大変なので成績表見せましょうか?」
自分の成績をひけらかすのは好きじゃない涼だが、こういう時は根拠から提示した方が早くことが進む。
涼はタブレットにスラスラ指を滑らせ、夏休み明けに受けさせられた模試(中間テスト後この成績を参考に進路相談が行われた)の結果を表示する。
ネットでも成績が開示されている模試だったためいつでもスマホやタブレットで見れる。
「ええ、一応見せていただきましょうか」
「涼さんの実力がわからないままに子どもを預けることは出来ませんからね」
「はい、これが最後に受けた模試の結果です」
涼は一番偉そうにしている保護者にタブレット手渡した。
「…………ぇっ」
自分の瞳に写る数字がやけに小さい。
順位の母体って数百くらいだったっけと錯覚して目を擦り再確認するが分母数万に対して分子が15。
学校内でも、市内でも、県内の順位でもなく、全国順位15位だ。
「よく見えない」
「私にも見せて!」
タブレットを持った保護者の両脇にいる保護者達は不審な様子に違和感を抱き、立ち上がってタブレットを覗き見る。
「「………………ぇっ」」
覗き見た保護者達も同じような反応をし立ち尽くしている。
「これ、涼さんの成績……ですね、名前が木下涼って書いてますし………ここまで勉強ができるとは思わなかったわ。これなら最難関の医学部でも入れるし、それこそ三ヶ月後に試験があっても大抵の大学は受かるわね」
途中から丁寧語が消えて独り言になっている。それほど涼の成績に度肝を抜かれたのだろう。
「……すごいでしょ! りょ、涼くんってあの翔央高校でもトップスリーに入るほど頭良くて、模試でも全国上位に名前を載せる常連なんだから。もうセンター試験の模擬模試じゃあ総合でも8割を余裕で超えているみたいよ。と、特に英語なんて満点近いくらいにできるみたいだし」
この成績は初めて公開するため夏休み前に受けた模試(全国17位を取った恵や花達に見せた模試)の成績は知っていた、涼のことを自分のことのように自慢げに語っていた保護者もさらに涼の成績が伸びたことに驚き、僅かに言葉が乱れている。
夏休み柚のPTSDを治そうと努力している間、不謹慎だと思い涼自身の外出頻度も落ちていた。
そうなれば家でやることと言えばピアノを弾いたり、ネットニュースを漁ったり、将棋やオセロのようなボードゲームのコンピューター対戦をしたり、趣味で凝った料理を作ったりする以外――アウトドア派のくせに予想以上にインドア趣味が多かったことに柚が呆れたのは言うまでもない――には勉強をするしかなかった。
柚の勉強を見て所々復習をちゃんと積み、新たな問題集を夏休みの間で解き切ったことで涼の理解度はかなり上昇していた。
特に地理や古文漢文といった理系の涼には直接関係ない科目に関しては、かなり実力が伸びたと自負している。
「そこら辺の大学生なんか目じゃないくらい頭良くて勉強できるんだ。……みんななんで預けるんだろうって少し疑問だったけど、納得いくわ。最難関大合格しましたって言える以上の成績だもん」
「そうね。受験勉強を舐めているんじゃない、なんて言ってごめんなさい。こんなに勉強ができるのだもの、何かしら自分に合った勉強習慣や方法論があるのでしょ? それに沿って計画を立てているのなら私から文句を言うことはできないわ」
「これが本当の天才ってやつなのかしら。……私も酷く言いすぎたわ。ごめんね、涼くん。このまま自分の勉強と塾の両立がんばって。あと、是非うちの息子にも今まで培ってきたノウハウを伝えて欲しいわ。今そこで学びながら遊んでいるあたり、来週も来たいって言うだろうしね」
涼に対して懐疑的な視線を送ってきた保護者達はみな頭を下げて自身の浅慮を謝罪した。
自分にも非があったと思う涼は「いいですよ、頭を上げてください」と何も気にしていないように赦す。
「ねえ、この資料を見る限り自分や好成績を取る友達の経験も参考にプログラムを考えているって書いてあるけど、その友達ってもしかして涼くんよりも頭良いの?」
「はい、僕の知る中で最も賢い本物の天才だと思います。僕なんて……彼からすれば比べるにも値しませんよ。僕自身家からの近さで翔央を選びましたが、彼もなんでうちを選んだのか不思議なくらいです。頭が良いことを成績で語ることはしたくありませんが、彼は常に全国で10位以内に入り、時にはトップに立つほど勉強ができます」
翔央高校は全国でもトップクラスの進学校だが、一番上と言えば東京にある涼が中学校の先生に勧められた高校だ。
涼が同学年で最も尊敬している彼はその高校かどこかに留学すべき存在だと涼は思っている。
ちなみに、涼が先ほど言った推薦を受ける友達というのも彼のこと。全国でも数十人しか入れない最難関国立大の推薦入試を受けるつもりらしい。涼と違い部活動も盛んにやっている彼ならアピールポイントとなる実績も十分、絶対に受かると確信している。
涼は同年代の中なら全国でトップクラスの実力を持っているが、彼は日本を代表して世界と戦い、上位に食い込むだけの実力を有している。
いわばオリンピック候補選手とオリンピックメダリストほどに隔絶した差があると涼は感じていた。
「そ、それでも涼くんはすごいわ」
「うん、確かに上がいるのかもしれないけど、気にしなくて良いほど優秀よ」
「え、ええ私も涼くんになら息子を託したいくらいに涼くんをすごいと思う」
いつの間にか涼を攻めていたはずの保護者達が涼の哀愁漂う、今まで見ていた凛とした姿とのギャップに心を鷲掴みにされたようだ。涼さんから涼くんに呼び方も変わっている。
彼に対して涼は劣等感を抱いているわけでも、自信喪失しているわけでもない。むしろ中学の頃まで周りを知らず知らずに下に見ていた自分を変えてくれた大きな恩人だ。
紛らわしかったが、涼はただ自分の過去と彼や他の天才達との出会いを懐かしんで追憶に浸っていた。
勘違いを指摘することなく、体験授業の感想会は歯切りの悪い形で幕を閉じる。
少し地雷を踏んだのかとあたふたしていた保護者達は【涼くんを見守り隊】の新メンバーにクイクイっと呼び出され、布教活動に遭うのだった。
久しぶりに3000文字超えました。次回作を考えているのですが(考えているだけでペンが進みません)、そこは3000文字以上を基本にしたいですね。
今1800文字を超えようって1話1話の長さが短くなってますし。
次回
高校の友人