乱入者
あらすじ
楽園に侵入者が…
昨日、毎週火曜日に行っている子ども英会話に初めての体験授業希望者が現れた。
一般的なことを教えている水曜日と違い、今まで英会話の体験を希望する子は初めてだ。
そしてその子の保護者は木下塾の英会話教室に対し「入会を前向きに検討する」という評価を付けたが、英会話を受けている子皆が入っている一般授業――二種類あると区別するときに呼びにくいので、涼はBASICとENGLISH名付けることにした――の体験授業の飛び入り参加したいと言い出した。
タブレットはすでに持っているようなので事前に入れておいて欲しいアプリだけ教え、参加を認めた。
よって体験授業希望者4人含め、今回の授業(BASIC)は小学一年生が20人も集まる。
第8回にして参加者20人と当初の予定の倍だが、子ども用の椅子やテーブル(幼稚園にあるような小さいやつ)を購入したことにより30人まではなんとか授業ができるようになった。
「皆さん、こんにちは!」
「「「「こんにちはっ!!!!」」」」
「今日から新しいテーブルと椅子で授業を始めます!どんどん人数が増えているのでちょっと新しい形を取り入れないとできなくなっちゃってね。それと、今日は新しいお友達が遊びにきてくれました。学校のクラスが一緒の子も多いよね。立って自己紹介お願いします」
幼女達が生み出す楽園に乱入してきた(涼は全くそう思ってない)小僧達が隣に座る子の鼓膜を破らんばかりの大声量で自己紹介を始める。
ダイニングテーブルで息子の授業風景を涼が淹れたダージリンを片手に見学している保護者たちはうっすら苦笑いしている。
微笑ましい光景だが、他の体験授業の女の子がビクッとしているのが申し訳ないようだ。
案の定おどおどした紹介を始めたが、隣に座る茜が大丈夫だよと励ましたおかげで生気が戻り、いつものクラスメイトに話しかけるトーンで自己紹介を終えられた。
(やっぱりクラスのリーダー的存在がいるのは心強いな。茜自身も新しく入る子のサポートをしたり、わからないことを周りに助けてもらいながら考えを深めることですごく成長している。ちょっと控えめな姫や真面目で委員長タイプの楓も木下塾で色んな子と触れ合うことで成長している。他の子たちも悪くない。
さて、本格的に人数が増えてきたことだし、ここから本当に大変な授業が始まるんだな。気合入れていこうか)
本日は5人4グループで授業を進める。
男の子同士は固めた方がいいかと思い、3人まとめて受講者の中でも頭の良い子2人をつけることにした。
グループ対抗で行う授業もあるので、友達に解説ができてみんなを引っ張れる存在は貴重だ。
「じゃあ僕の自己紹介もするね。僕は木下涼。歳は17歳でみんなより10歳年上になるかな。バイクに乗るのが大好きで、この前江ノ島に行ったきたよ。最近お菓子を作るのも大好きになって今日はみんなのために巨大プリンを作ってみたんだ。授業が終わったら一緒に食べようね」
男の子の興味を惹くためにモニター代わりをしている大型テレビに大きくYZF-R25の宣伝映像を流し、他の子たちがやる気を出すために(ついでに趣味も兼ねて)作ってみたバケツプリンの製作シーンを映す。
仮面をつけた悪と戦うライダーが大好きな子どもたちは涼の乗っているバイクに興味津々。バイクのタイプは違うが憧れの目を向けてくる。
体験授業を受けにきた女の子はバイクよりもバケツプリンに目を輝かせ、周りの子たちに溶け込んではしゃいでいる。
チラッと保護者の様子を覗いたら私たちも食べてみたいという視線が涼に突き刺さった。
掴みは十分、後は授業の質の良さを示しながら進めていくだけ。
「じゃあまず初めに迷路をやろうか。【名選教育向け空間迷路100】って書いてあるアプリ――ああ、モニターに映ってるこのアプリ――を開いて、今日はいきなり2年生レベルをやってみよう! レベルは星2で、終わった子は星3に挑戦してみてね。それじゃあスタート!」
迷路と聞けば子ども達は直感的にどこがスタートでどこがゴールかいちいち教えずとも理解する。
余計な説明や時間を取らせるのは子どもの意欲を削ぐ行為だ。「迷路だよ、解けるかなぁ?」で十分である。
期待通り体験授業の子たちも迷うことなくスタイラスペンを片手に迷路を解き始めた。
初めてにしては中々早いが、すでに何十と似た空間迷路を解いている木下塾古参者達の方がスラスラと解き進めている。
小学校の授業参観では見られなかった同級生たちの実力、思考の速さに見学している保護者達は目が離せない。
自分の息子をよくできる子と思っている親ほど真剣に周りの子達の様子を観察している。
他の分野の授業でも問題に慣れている塾生の方が素早く、正確にできることが多く、内容も将来役立つ項目ばかりなので有益な授業をしているアピールができた。
もちろん計算力のような宿題で出たり個人的に取り組みやすい分野は、体験授業の子がいち早くできることもある。
しかし総じて塾生達は普段の授業以外にも家で似たアプリを遊んぶ子だらけなので実力は上だった。
男の子の楽園に馴染めないのではという懸念はどうやら杞憂に終わったようだ。仲良し3人組を一塊にしたことで退屈せず楽しく2時間過ごすことができた。
彼らが他の友達を連れてきたとしてもうまく対処できるだろう。
「先生先生、なんでみんなに涼お兄ちゃんってよばれてるの?」
「おれ早くプリンたべたい!!」
「あ、おれもおれも!!」
ただ、涼のメンタルをごっそり持っていくほど元気があってこれはこれで悩ましいと思う涼であった。
わかっていることをいちいち説明されるのって「ウザイ」って思っちゃうものですね。
特に子供は感情が表にでがちなので舵取りが大変です。
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