お母さんの部屋訪問
あらすじ
涼の部屋に椿来襲
「涼の部屋がどんななのか気になるわ。入るわね」
「えッ……ちょっと……まっっっ!!」
ガチャリ。
静止の声も届かず、椿は扉を開けて顔を出した。
9歳の頃離れ離れになり、8年の時が過ぎて再開した我が息子の自室の光景を目にして、椿は絶句する。
部屋自体は以前と同じ場所で、ベッドの配置や勉強机なども変わっていない。涼らしくガジェット類が目立つところに整頓されていて、27インチの高解像度モニターや4Kテレビも置いてある。
雑誌や本は本棚にビッシリ並べられており、趣味も涼らしい。
そこまではちょっとガジェットオタクで真面目な高校生の部屋といった感じだが、一部異様な雰囲気を帯びた空間があった。
柚の住んでいる貴族おうちセットである。
畳一畳分という人形には不要な大きさを誇る人形の家で、貴族と名付かられるだけあって最高な作りをしている。数千数万では買うことができない。
これを持っているのはよっぽどのお金持ちの御嬢様か、度を超えたオタクかのどちらかだろう。
柚は自分の部屋にカーテンをかけてジッと隠れているので椿に見つかることはないが、涼にとって今はどうでもいいこと。
(え……なに、これ。人形の家……だと思うけど、なんでこんなものが涼の部屋にあるの? もしかして、そういう人形達に興味が湧いているんじゃ……)
椿は再び涼のことがわからなくなった。
(なんで言えばいい。久しぶり入った我が子の部屋が酷いオタク部屋だった、なんて最悪だろう。こんな立派な人形の家のセットを見てオタクじゃないなんて言っても説得力がない。……どうしよう)
涼は必死に言い訳を考え、頭を回す。
「ね、ねえ涼、アレ何?」
椿は我が子の特殊な趣味をスルーしてあげることが出来ず、混乱して直球を投げてしまった。
貴族おうちセットを指す指がプルプル震えている。声も若干上ずっており、動揺を隠さないでいた。
「えーっと、貴族おうちセットって言って、人形が住むおうちです。かなり精巧に作られていて、コンセントを繋ぐと電気がついたり、窓は鍵が掛けられるようになっています」
涼も思わず敬語で見当違いなことを答えてしまった。時間稼ぎができたと考えを改めて、事態を切り抜ける方法を模索する。
「ううん、そういうことを聞いているんじゃなくて、なんで涼の部屋にそんな人形の家があるわけ? そういう趣味なの?」
「……いいえ、そういうわけじゃなくて……ッ! そう、うちの塾の備品として買ったんですよ!」
「……塾の備品? 何に使うの、それ」
小学生向けの塾でお人形が必要など聞いたことがない。椿は少し頭を捻らせてみたが、用途がわからなかった。
「授業で使うことは少ないです。まあ授業前に遊ぶ子がいたり、たまに授業中に小さい子供を預かって欲しいといううちもあって、そういった時の遊び道具に買って置いたんですよ。隣の家に住む生徒の姫ちゃんがオススメしてくれたのを買ったので、他の子には大人気ですけど、ちょっと恥ずかしいですね」
「あー、上の子の習い事の間だけ小さい子を預けたい親御さんって多いものね。こんな立派な人形の家があれば授業が長くても退屈しないで待てるわ。……なるほどねぇ。涼が人形大好きのオタクになってるなんてあり得ないもんね。なんか勘違いしちゃった。ごめんね」
涼は一人っ子なので椿にその経験はないが、昔涼が小さい頃そう言っていた知り合いが何人もいる。
涼は高校の授業があり、小学生よりもずっと遅くにおわるのだからこれからこれを機に学童保育を経営することはできない(そもそも法律が変わって運営するには資格が必要なので土台ムリな話だが)。
それでも子どもを週に1日だけでも預けられる場所があるのは貴重だ。
涼のSNSを見る限りその兆候は全くないのだが、ついキモオタになったのではないか疑ってしまった。周りが見えていなかったと椿は猛省する。
「ううん、勘違いするのは仕方ないよ。今日の授業前に僕の部屋で遊ぶことがあったからここの部屋に置いてあったんだけど、普通こういうのはもっと広い部屋に置いて遊び場みたいなのを作るものだもんね」
涼は嘘に嘘を重ねたがなんとか椿を騙すことができた。
実際子供が貴族おうちセットで遊ぶこともあれば、授業中に預かってもらえないかとお願いもされているので完全な嘘ではないが、涼は罪悪感に苛まれる。
「ねえ、夜ご飯できたんでしょ。冷めないうちに食べようよ」
「ええ、そうね」
あまり部屋を見られ続けるのは恥ずかしい。
椿が部屋に来たのは涼を夕飯に呼ぶためだった。ならばこの部屋に長居する必要はない。
涼は急いで椿を連れてリビングに降りていった。
神奈川県に非常事態宣言が適応されたので暇が増えると思ったら全く変わらず……
暇な時は多いですが書き溜めることができない性格になってしまい、毎日投稿できない日がチラホラと。誰にも約束してないんですけどね。
次回
恋人とは何か