王子さまの人気
あらすじ
後輩と仲良くなった
「冴、18の注文お願い」
「わかりました」
「涼さん、これどう打てばいいですか?」
「ああ、これは秋の期間限定メニューで、確かあったにハンディの打ち方書いてあるからチェックして」
「冴、レジお願い」
「はい」
「涼さん、量が多いので後追いしてもらっていいですか?」
「りょーかい」
手だけ動がしながら、葵は涼と冴の顔を交互に追っていた。
休憩前は「木下さん」「佐伯さん」と呼び合っていたのに、なんで名前呼び? 休憩が被っている間に何があったのだろうと疑問に思う。
それだけじゃない。何故かお互いの距離が近くなっているように見える。葵は二人の心理的な壁が取っ払われたのだと理解した。
涼が女の子相手に気を許すなんて珍しい。冴も表面上は仲良くしても、心を開くことはなかなかないと思う。
「ねえ涼、冴ちゃんと何話してたの?」
葵は涼と同じ時間に上がり、休憩室でずっと気になっていたことをようやく尋ねられた。
「ん? ああ、名前呼びの話か。いや、知り合って結構時間経つから、そろそろ葵みたいに名前呼びしようって話していただけだよ」
「それだけじゃないでしょ」
「ほとんどそれだけなんだけどなぁ。ま、少し冴を揶揄って遊んだりしたけどさ」
「ふーん。涼、冴ちゃんのこと気にかけてたもんね。可愛い後輩なんでしょ。前も言ったけど、冴ちゃん涼に狙われているって勘違いしちゃうわよ」
「それこそ前言った通り普通の対応しているだけだって。まあ、初めてできたちゃんとした後輩ってことでかなり気にかけているってのは認めるけど」
葵のシフトはオープンから4時まで。休憩時間を抜いて9時間働いていた。
相当疲労が溜まっていたのか「はぁぁぁっ」と長い溜息が漏れる。疲れだけじゃなくて呆れも含んでいたかもしれない。
だが、それが涼の平常運転なので、葵は今更涼の言動にとやかくいうつもりはない。言っても無駄だと長年の経験で悟っている。
「そういえば、話の流れでつい冴にお前と付き合ってたことを漏らしちゃった」
「はぁ!? 一体どんな話の流れでそんなことが出てくるわけ!? えーっ、せっかく今まで触れずにきていたのに……ま、涼だし、しょうがないか。……で、どこまで話したの?」
「別に、中学一年のころ葵から告白されて付き合ってた時期があるとだけ。葵なしでペラペラ喋るわけにもいかないからな」
「そっかー。わかったわ。冴ちゃんに何か聞かれたら正直に答えるからね。私にとっても可愛い可愛い後輩だし」
色々と問い詰めたくなる葵だが、バイトの疲労でそんな余裕はない。もう話してしまった以上手遅れなので、冴からアクションが起きるまで動かないことにする。
アルバイトは休憩、アルバイト終了後2杯までドリンクバーの飲み物を飲める。葵は氷少なめの冷えたコーラを一気に飲み干して糖分を摂取した。
体全身がすーっと回復していく。頑張って働いたと自分で自分を褒めてやりたい。
「じゃあその話は置いておいて……最近涼のフォロワー凄くない?」
「起業の話を出してからな。一気に認知度が上がったのか、投稿するたびにかなりの【いいね】が付くようになった。やっぱりあんな垢抜けた光みたいな投稿は好きにならないけど、反響があるってのは面白いな」
「へぇ、やっぱ涼変わったわね。今までは反響があろうがなかろうが興味なしって感じだったのに」
「色んなSNSの師匠の影響かもな。最近どこかのネット記事に取り上げられて面倒な話が舞い込むようになってきた」
どこで嗅ぎつけたのか、2、3日前涼のことを取り上げた記事がネットにあげられた。
『超絶イケメン一般高校生集第八弾!!』という見出しが付けられた記事で、話題性を上げるためか涼が起業していることや、趣味がロードバイクとバイクということ、名門翔央高校に通っていることまで書かれている。
記事をあげる際許可を求めるダイレクトメッセージが来たときは思わず卒倒しそうになったが、柚があまりにもその記事を読んでみたいと推すので、仕方なく了承した。
密かに自分のことがどう書かれるのか興味が湧いたというのもある。検閲して腑に落ちない点もいくらかあったが、別にどう見られようがどうでもいいかとそのまま許可を出した。
「ネットニュースって、もう有名人みたいじゃない」
「そんないいもんじゃないよ。前も言ったけど起業したって言ったって小さな個人事業、近所の子相手の塾だし」
記事には高学歴に至った経緯を活かした教育関連の事業を始めたと書かれていた。間違いではないが、何か大それたことをしているようで恐縮だ。
「えーっと……ほんとだ、超絶イケメン一般高校生って、ハハハハハッ!! 間違っちゃいないけどっ!!なんか別人みたいに書かれてておもしろっ!! 聡明で礼儀正しく、爽やかな笑顔が全女性を魅了するだろう。第八弾にして完璧なスターを発掘してしまったかもしれない……いやいやいや、むちゃくちゃ猫被ってるじゃん」
「ほんとこの記事のせいでようやく慣れてきた塾の運営以外にも面倒ごとが増えてきて大変なんだ」
「もしかしてモデルになってくれって勧誘が結構舞い込んできたんじゃない?」
涼のルックス的に今まで芸能関係に一切触れていなかったのが不思議なくらいだ。
掘り出し物を見つけたと様々な事務所が躍起になって勧誘してくる姿が容易に想像できた。
「その通り。ああいうスカウトの人たちって情報網広すぎ。チェックして当然かもしれないけど、何社からも来て鬱陶しい」
「へえ、どこの事務所からから来たの?」
「えーっと、ちょっと待って、僕モデル事務所なんて一社も知らないからよくわからないんだよ……ああ、これこれ」
どれも断るつもりだが、柚も葵と同じでどの事務所に勧誘されたか気になって問い詰めてくるので、涼はスマホのメモアプリに勧誘してきた事務所をまとめていた。
葵が涼の隣に座り、スマホを覗き込む。
葵は事務所一覧を追っていると、石にされたように体が硬直した。
「……えっ!? りょ、涼……こ、これ面倒じゃ済まないわよ……」
ついに150話!!(イフストーリーが2話ありますが)
SNSをやってきたことがようやく繋がってきましたね。最近撒いた種がどんどん発芽してきているようで充実感あります。
それだけ終わりが近づいていることになりますが……。
次回
ダイヤの原石