体験授業
あらすじ
涼が疑念を抱く
「涼、明日体験授業でしょ。何人来るの?」
ファミレスのアルバイトを終え、遅めの夕飯を食べている時、柚が質問してきた。
木下塾を作ったことにより、アルバイトでは稼げないほどの大金が手に入りそうだが、涼はシフトを週二回に減らして続けている。
急に辞めることはできない上に、涼の人気で入ったような会員たちだけで木下塾は運営されているので、まだまだファミレスのアルバイトを辞めることはできない。
初めてできた可愛い後輩や復縁した(?)仲の良い女友達もいるため、人間関係的にもやめたくないという理由もある。
「体験が3人、この前来てくれた子たちで今回も参加するのが9人、1人体調不良で欠席だと。計12人で、姫と同じクラスの子が姫を合わせて10人、2人が隣のクラスかな。テーブルはソファのところにあるものに繋げられるような高さのものを買ったし、柚の準備はどうだ?」
「バッチリよ! これで1万ゲットなんてチョロいわ! でも安心して、ちゃんと作り込んであるから」
柚の給料は1授業の資料作成につき1万円渡すことになっている。
柚は涼の意見を元に、黒板代わりのパワーポイントも含めて20時間以上かけて作成している。
時給500円以下でほとんどボランティアみたいなものだが、柚が人間として法の下守られることはないので、ブラック企業の木下塾は堂々とお天道様に顔向けできるのだ。
そもそも柚は教材作成を一年生の教科書やネットで買った学校の指導要領、他塾の教材にネットの教育系動画と様々な資料を漁って作っている。
体が小さ過ぎてスマホやタブレットが使いにくかったり、そもそもパワーポイントを中学生の情報の授業でしか使ったことがないなどの理由もあって、特に時間がかかった。
柚は1授業で1万円もらって、指導者の涼が4万円稼ぐ。
金持ちは人を使って稼ぐとはまさにこのことだと涼は学んだ。
「よく作ったな、柚。上出来だ」
涼は自身のタブレットで柚の作った資料を閲覧し頭の中でどう授業するか考える。
第一回の授業は、内容は決めていてもうまく進めることができなかった。
この第二回は初顔合わせの子が3人もいるので進行が難しくなりそうだが、負けず嫌いの涼は気合い十分。
先日の将来の懸念は頭から外して授業作りに専念する。
「明日も保護者が見に来るわけ?」
「そりゃ体験授業だからな。どんな進め方をしているのか、僕自身がどんな人間なのか、いろいろ気になって3人とも母親が来るらしい。幼稚園が同じで顔見知りの茜の母さんや、愛さんも一緒だから保護者は5人だな」
「先生の大変なところって保護者対応があることよね。塾のアルバイトならあまり保護者と話さなくてもいいってお姉ちゃんの友達から聞いたことあるけど、社員はそうもいかないし」
「それはそうだろ。サービス業でお金をいただく以上、保護者への対応は絶対だ。これでこの塾に通わせたいって思わせられたら収入が増えるわけだし、少しはやる気も出るもんだ」
「そうねー。……ところで、通ってくれる子が増えたら私の給料って上がらないの?」
アルバイトでも会社が利益をたくさん得た時、ボーナスが発生することがあると聞いたことがある。
柚のモチベーションアップのためにも時給アップやボーナス制度はあったほうがいい。
「じゃあここに通う子どもが一人増えるごとに1授業で千円上がるってのはどうだ? 今10人契約しているし、ちょうどいいな」
「ということは25人通うことになれば月10万円!? やるやるっ!! それでお願い!! むっちゃやる気出てきたわ!」
「そううまくいくものじゃないけどな。まずはしっかり授業をできるようになって、通い続けたいってさせないとな」
柚のやる気と教材資料の本気度を見ていると、涼もその熱意に感化されてテンションが上がる。
涼一人ではここまでモチベーションを上げることはできなかっただろう。
涼は新発売の豆で煎ったコーヒーを口にし、タ 柚の作った教材にサラサラとメモ書きを加えていった。
「こんにちは!」
「「「「こ・ん・に・ち・はぁぁぁあああっ!!」」」」
涼を好いている幼女たちを筆頭に、涼の10倍は大きな挨拶が返ってきた。
体験授業に来ていた奥様方は、少し離れたダイニングテーブルでゆったりと涼の淹れた紅茶に舌鼓を打ちながら、ニッコリと微笑んで見守っている。
その視線は娘と涼の両方に注がれていた。
「今回は2回目で、新しい子もいるので、まずはゲームをしよう!」
「「「「わーいっっ!!!」」」」
ゲームと聞いて勉強を始めるのかとちょっと身構えていた子たちが、刹那の間に顔を満面の笑みに変える。
木下塾ではノートや鉛筆は使わず、タブレットとスタイラスペンを用いた授業を行なっている。
涼の大好きな電化製品会社は日本国内シェア率が高く、教育やゲームのためにと子どもに書いたある時はまずその会社のタブレットが候補になる。
涼の住んでいる地区はお金持ちが多く、今通っている子ども10人は持ち前のタブレットで受講しており、メーカーも涼のと同じ。資料配布や宿題回収が簡単にできて便利だ。
今回体験授業を受ける子のうち、1人持っていない子がいたので、柚の普段使っている小型のタブレットとスタイラスペンを貸した。
ゲームといっても教育向けに開発されたアプリのゲームで、これから行うのは空間認識力を高める立体迷路。AR(拡張現実)を用いらず、立体的に書かれた複雑な迷路を頭の中で考え、ペンを動かしながら試行錯誤してゴールを目指す。
特殊な迷路ということもあり子どもたちは楽しそうにどんどん問題を解いていく。
そして問題に慣れた頃、2人1組で3年生が解くような問題を協力して解かせた。
あーでもないこーでもない、こっちはどうか、この罠はどんなものかと意見を交わし合う。
涼はぐるぐると机間巡視(一つの長いテーブルしかないが)をしてたまに優しくヒントを与えつつ、全員が問題を解くことができた。
達成感と仲間との連帯感を味わった後、子どもたちはまた別種の文章を読んで考えるゲーム式の問題に取り掛かった。
最近の教育業界は電子機器の発達によりどんどん変化しているようですね。
公立小学校でも一人一台ノートパソコンやタブレットがある学校もあるそうで、ガジェットオタクとしては嬉しい限りです。
次回
王子さまの授業評価