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妖精の住処  作者: 速水零
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木下家形成期〜

あらすじ

涼が柚と出逢うまでの話(8章のプロローグ)

「知っての通り、僕の両親は離婚している」


 瀟洒な有田焼のコーヒーカップに注がれたカフェインレスコーヒーをそっとすすり、涼は自身の過去を柚に語り出す。


 柚と同棲してから四ヶ月以上経ったが、涼は今まで柚に自身の過去をしっかりと語ったことはない。中学校の頃の話や、恋愛事情など、触り程度しか話していなかった。


 柚も涼とずっと一緒に暮らしていきたい以上、深く踏み込んで嫌われるような真似は避けていた。


 そろそろ聞いてもいいと思って柚は涼に問い、涼も柚と暮らしていくなら避けては通らないと考え覚悟を決める。


 愉快な話でも、悲愴感漂う誰もが同情するような悲劇でもないが、涼にとっては思い出したくもない過去の惨事だ。


「父さんと母さんが別れたのは僕が小学校三年生の頃。鬱憤が溜まった母さんが別れ話を出して、最後には出て行った」


 涼の母親、黒瀬椿が不倫していたわけではない。涼の父親木下司がDVを働いていたというわけでもなければ、女癖が悪かったということもない。


「原因はまぁありふれたもので、僕の父さんが家庭を顧みない仕事人間だったからってだけのことだ」


 仕事のために買ったような大きな一軒家に高級セダン、バーベキュー動画に様々な家具たち。


 出世欲が高くて揃えていたのならまだいいが、司はそれ自体も無い。


 ただただ、仕事をするためのロボットのように愛情が欠落していた。


「僕の母さんと父さんは仕事の関係で知り合ったらしい。当時から父さんは仕事ができて、顔立ちが良く、性格も温厚に思えた。母さんは見事に父さんに惚れ、度々アプローチを仕掛けて交際。そして結婚に至った」


 椿は涼の母親なだけあり、絶世の美女と呼ばれるほど綺麗で品性が漂っていた。有名私立大学を卒業後、大学とのパイプが強い会社に入社、まじめに営業をしている中で司と出会った。


 司は仕事のために生きているような人間で、見た目の清潔さも相まって温厚篤実な性格だと周りから思われていた。


 二十代の若さで業務成績が目立って良く、加えて誠実そうだと見えれば、それは将来性抜群の優良物件だろう。


 それを抜きにしても、仕事のために身につけた世渡りスキルで勘違いする。


「父さん自体、結婚はどうでもよかったのだろうが、メリットデメリットを精査して受け入れたんだと思う。そういう人だ。子どもがいた方が世間との会話が合わせやすく、それで繋がれる相手も増える。メリットが大きいからこそ、僕が生まれた。母さんの欲求も高かったようだ」


 司は子どもの頃からモテていたが、あまり交際経験はない。認知に歪みがあるように、人を好きになるということがなかった。


 そういった発達障害を持った者はコミュニケーション能力が不足していることが多いが、司は持ち前の頭脳で人との接し方をパターン化し、卒なくこなして過ごしていた。


 そもそも何かを好きになることが少なく、機械のように親のしつけに従順だった。


 実際に司が発達障害者かどうかはわからない。だが、人間として歪んでいる。


 ピンポーン!


 涼は話を中断し、インターホンに出て、柚の待ち望んでいた店のラーメンを受け取る。案外早く到着するものだと思ったが、ずいぶんゆったりと語っていたらしい。時刻は零時を回っていた。


 話の腰を折られたが、かえって間が空いたので涼は心を落ち着かせることができた。


 食べたいと駄々をこねていた柚は全くそんな気分ではない。涼が柚の分を取り分けたが、箸を持つことはなかった。


 涼はあらためてカフェインレスコーヒーを淹れ、残ったラーメンを冷蔵庫にしまう。麺や具材とスープが分かれて届いたので簡単に作り直せるだろう。


「どこまで話したかな?」


「涼が生まれるまでよ」


 もうこの先は聞きたくない、そう叫びたかった柚だが、もう後には引けないと思い、先を促す。柚の体は少し震えていた。


 涼の視線はコーヒーカップをぼんやりと捉え、柚のことは認識の埒外へと消えていった。


「そうだな、そのあと、僕と母さんはある意味夢のような日々を送っていた」


 そして罪を懺悔するような独白が、広いリビングに寂しさを帯びて拡散する。


 涼の脳内で両親のいた思い出が投影され、泡のように弾けては浮かび弾けては浮かんだ。


「会社や仕事が安定していると、父さんは家族サービスで僕らと一緒に遊んだ。そういった話題作りにも手を伸ばしていたって方が正しいかな」


 遊園地に連れていってもらったこと、ドライブをしたこと、会社の方針で取らされた有給を使った海外旅行など、思い出だけはたくさんあった。


 しかし、改めて追憶を辿ると、そこに本当の家族の姿はどこにもなかった。


 まるで台本を演じるかのように司は振る舞っていたと見える。


「父さんは周りの仲間の子どもと合わせるように僕に習い事をさせた。やりたいこともさせ、自身の経験から必要だと思うことは誘導してやらせてきた。母さんもこんな息子を育てたいって理想像があったから、率先して僕の興味を引き出してたな。まあ、今の僕のスキルは基本的に母さんと父さんによる合作、理想の人間っていうのに近いかもしれない。カンペキチョージンとか言われる土台作りが上手いんだから、あの夫婦は」


 涼は口角を上げて愉快に話したが、全く目は笑っていない。


 周りに子どもの頃を聞かれたとき、涼は自分のやりたいことを精一杯やって自分が形成されたと言うようにしている。


 柚と出逢ったばかりの時に高校の穴場で話した時もそう語った。


 それは間違いではない。


 そして、涼は純粋に好きやって生きてきたんだと信じたい。


「綱渡りのようにバランスの取れた家庭だったが、うまく機能していた。しかし、会社はある時不況に落とされる。それが、ありふれた家庭崩壊の始まりだった」

 

暗すぎ。

これが書きたかったんだ!って筆が進みますが、反比例するように陰鬱になります。

これを初めから出すつもりで構成された作品なのですが、筆者の性格の悪さが出ている気がします。

半分以上の章で悲劇が起きますし、ほんと暗い。

でも、ちゃんと終わりにはハッピーエンドを仕込みますから……


次回

…木下家崩壊

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