木下涼
あらすじ
第7章終幕
日常を退屈だと思っていた。常に似た日が続く。言葉から面白みを感じない。ずっと曇りの空を見ていて晴れやかになれるわけがない。
涼は自分の好むままに生きてみることにした。およそ男子高校生がやることではないということにも色々挑戦する。もしかしたら、これは長い長い自分探しの旅なのかもしれない。
ただし、勉強だけは今の間にしっかりやっておくことにした。でないと大学やその先の本当にやり続けたい道を歩むことはできないかもしれない。それだけは捨てず、真面目に取り組んでいった。もちろん学校から優遇されるため、親から自由を勝ち取るためといった理由もある。
昔はもっと普通の生活をしていた。そしてその生活はとても楽しくて、毎日が輝いていた。でも中学に入る前にある疑問を抱いた。
(このまま成長していったらどうなるのだろう?)
涼のIQは人よりもずっと高いため、教えてもらったことの飲み込みが早く、勉強ができた。
このままなにも問題が起きなければ良い高校、大学に進んで一流企業に大きな動機もなく就職していくのだろう。そしてそれなりの地位で退職して豊富な年金で余生を過ごす、そんな未来だけが見えた。
それは涼の父親が歩んできた道でもあった。
子供の目から見ても彼は信念を持って働いているように見えない。
それは悪いことではないのかもしれない。事実、その父親のおかげで涼は今までなに不自由ない裕福な暮らしを送ることができた。
でも、そんなのはつまらない。主人公みたいになるという憧れが叶わずとも、なんの疑念もなく何かに流されたような暮らしは送りたくなかった。もっと、輝きにあふれた非日常の連続を期待した。
小学校の終わりあたりから、涼はおもしろいと思うことに全力を尽くしてみることにした。
よく話しかけてくる女の子の告白を受け入れ、恋人体験をしてみたり、様々なスポーツクラブや音楽教室に入ってみたり、自転車でどこまで走れるか挑戦したらしてみたものだ。
告白してきた女の子は涼と付き合うと、しばらくして夢が醒めるように別れを持ちかけてくる。涼自身は恋人体験を楽しめて満足なので、特に寂しさや相手への愛しさなんて皆無だった。例外は一人、幼なじみでずっと仲の良かった葵だけだ。
中学校の授業や部活動に魅力は一切感じない。
新しくできた仲間と全力で遊ぶのは楽しいが、学校のカリキュラムには嫌気が指す。
涼の父親は涼がある程度の成績を維持して、名門高校に進学できれば何も口を挟まない。
たまにおもしろい授業をする先生もいたが、基本退屈の極み。涼は授業中自分の世界に浸っていた。勉強は独学で参考書を活用して行った方が面白かった。
特に最近はネット動画を通じた講義、解説が充実しているので、この頃からガジェット好きの涼はフル活用していた。
部活動、あれだけには入るまい。みんなでワイワイ遊ぶのは好きだが、統率の取れた団体行動は嫌いだ。
年功序列制の縦社会の縮図だ。軍人のように学年という階級に縛られ、自分のスタイルを曲げられる。
(そんなの父さんがやっていることと何が違うんだ。僕は父さんとは違う。先生がどこかに入れとしつこいが、絶対入るものか!)
超名門と言われる翔央高校には(近くて父さんが納得するレベルだからここでいっか)という理由で受験した。県内トップレベルといえど東京に出ればもう一つ上の最強の高校がある。
自分と実力試しと戯れにその高校も受験してみたが、難なく合格した。問題が結構面白く、普通に勉強するよりも楽しい時間が過ごせた。
中学の担任や主任は東京の高校に進学しろと言ってきたが、わざわざ遠くまで通うのは面倒なので涼は翔央高校に進学した。先生がムカついたからという理由もある。
高校に入ってからはそこそこ楽しい生活を送ることができた。
父親は涼の高校入学と同時期にシンガポールで働くことになった。語学力と高い技能を評価されたヘッドハンティングだった。
涼の母親は涼が小学校三年の頃に離婚してどこかに姿を消した。もう連絡も取っていない。
生活費は高校生の一人暮らしにはもったいないほど多く送られていた。アルバイトをしなくても高校生らしい遊びをするくらいならわけないが、涼はそれを望まない。
キャンプ用品、旅行、普通二輪免許の講習、バイク、電子機器と、涼の理想的な生活のためには追加資金が必要だった。あの父親の生活費で豪遊するのは涼のプライドが許さない。
また、アルバイトという社会経験はどこかで積んでおきたかったこともあり、ちょうどいい機会だった。今までやったことのない分野なので涼は前向きに取り組んでいる。
そして高校生活も一年が経った。
バイクの資金も目標額が見えてきたし、大好きな電子機器メーカーの新作タブレットや完全分離型Bluetoothイヤホンも手に入れた。
充実している。
高校の友達は予想外にも凄い奴が沢山いて面白い。特に一人化け物みたいに頭の良い奴がいたのは最高だ。
しかし、涼はそんな生活にも慣れてきてしまった。
退屈な日常は自分から打ち破ってきたが、そうして手に入れた面白いことだけを突き詰めた日々にも飽きが回ってきた。
何か面白いことはないのだろうか。
何度も同じ思考が堂々巡りしながら、涼は日課のサイクリングに走る。
季節は出逢いの春。
幻想的な桜並木が続いていくサイクリングロード。ソメイヨシノが咲き乱れ、散っていく河辺を一人ブツブツと一人の世界に篭ってペダルを漕ぐ涼のもとに、薄汚れたダンボールが放置されていた。
涼は非現実に飛び込ませる、妖精のような少女に巡り逢った。
久しぶりに最初の最初に蓄えていたストックを使いました。大きく加筆したのでストックを使った感ゼロですが笑。
やっとこの話を出すことができましたね。前の話を読み返してみるとまた違った面白さがあると思います。
次回
木下家(母)