人形か人間か、それとも妖精か
あらすじ
柚は完全に親の記憶から消えていた
柚の家を後にした涼は記憶を頼りにここに来るとき降りた駅へと向かった。
スマホの地図アプリを見ながら歩けば確実で最短なルートがわかるのだがそんなものには頼らない。
こんな時でも遊び心を失わないのが涼というべきか、情報量過多で普段通りにしか頭が働かなくなっているのかは本人にもわからない。
重い足取りで駅にたどり着いた涼は漫画喫茶に泊まることにした。田舎に住んでいると柚は言っていたが偶然にも大手漫画喫茶チェーン店が店を構えていた。国道にも近く地域の中でも比較的栄えているこの駅に作ろうというのもわからない話ではない。
本当は家に帰りたかったが十一時を過ぎており終電も終わっていた。
ソファブースを借りた。テレビ、パソコンと使え、漫画も借り放題。飲み物も飲み放題。最近はアイスや、味噌汁まで揃っている。まさに快適な空間だが、ブース内の空気はかなり重かった。
涼はまず貸し毛布を使って柚用のベッドを作り、そこに寝かせた。
柚はまだ、目を覚まさない。
辛い。
柚が安定して眠れる環境を作ると涼はソファに倒れ込んだ。疲れがどっと襲ってくる。自分の理解の超えた現象を目の当たりにし、一日中歩き回って、頭を回し続けた。
まだ、自分の中だけで解決する問題だったらここまで疲弊していない。
柚が起きたときのことを考えると胸が痛かった。ただの女の子がいきなり身体を縮められ、さらに頼れる家族も、自分のことを記憶してはいなかった。
とても一介の少女が抱えられるものではない。
心が壊れてもおかしくはない。
それだけはなんとか防がなきゃいけない。
涼は自分の心と折り合いをつけ、倒れたまま冷静に思考を加速させる。
(浮波が小さくなった。そもそもそれは正しいのか?
浮波に関する記憶が消されたとあの時は考えていたが、本当に浮波柚という人間は存在していたのか?
存在していないとしたらどうだろう。精度の高い偽りの記憶を植えつけられた、人間に酷似した人形。それが柚と違う可能性だってある。どうやるかはさっぱりだが、手間としてはそっちの方が楽そうだし現実的だ。いや、全くもって現実的ではないが。
もしくは平行世界には浮波という人間が存在し、その世界は僕らの世界とは大きさが違って、何かがあってこっちの世界に来たということも考えられる。それなら記憶を消す手間も、記憶を植え付けることもない。わからないこと、食い違いは全て平行世界の仕業と考えれば理解できなくはない。こっちの世界に来る過程で小さくなったということもあるかもしれない。
…………。
あァァ、わっかんねぇっ!?
こんなの理詰めできるわけないだろ! こっちは一介の高校生で、どうして浮波がこんな身体で無事に生きていることができているのかも、実家から二百キロも離れたところに落ちていた理由も、拾ってくださいだなんて書かれた段ボールに入っていたっていうキーワードだかなんだかよくわからない要素についても、何もかもが謎なんだよ!!
……ほんと、今日一日わけわかんないことでむっっっちゃくちゃ疲れたな。
これがファンタジーの世界なら妖精が現れたってことで無理やり納得することができる。いや、そんなことの方がありえない。浮波みたいな普通の女子が実は妖精だったなんて夢が壊れてしまう。…そういう問題でもないよな。
とりあえずいろいろと情報を集めなきゃいけないことは確かだ。過去に同様のことが起きたことがあるのかどうか。都市伝説みたいなものでもいいんだ。何もしないでただじっとしているなんて性に合わない。
少し休憩できたし、調べてみるか)
疲弊した身体に精神力で鞭を入れて無理矢理起き上がりグーッと伸びをした。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
無意識に声が漏れ出る。
体に溜まった乳酸が抜けていくような感覚が少し心地良い。それでも当然疲労は溜まっており、筋肉の動きを重鈍にしていた。
ひとしきり伸びをした後ゆっくりとソファに腰かける。
自分のスマホやタブレットで調べてもよかったがせっかく漫画喫茶に来たのだから備え付けの据え置き型パソコンを使わないという手はない。
各情報端末固有のIPアドレスを知られて自分のことが謎の組織に探られるのを恐れている、というわけではない。そもそもこんなことを引き起こすような謎の、イメージカラーが黒の組織が暗躍している可能性なんてカケラほど考えてはいなかった。
これは人の手に余る所業だ。
何かよくわからない自然現象、法則性の元に起きたのだとしか考えられない。
そうであるならばどこかに前例があっても不思議ではない。
だから調べてみることにしたのだが……
ない。
何も有益な情報が見つからない。
かれこれ四時間は漁った。
その程度で見つかると思ってはいなかったが、精神的に辛いものがある。
都市伝説や色々な伝承は確かにあったが、どうもしっくりこない。それでも万が一のことを考えてタブレットのメモアプリにまとめておいた。
「やっぱり何も見つからないな。ウェブ上には載ってないと思うべきだろう。今度は図書館にでも行くか」
よほどのめり込んでいたのか、考えていることが声となって漏れていた。
涼は探すことを諦めなかった。
だが、成果が上がらないほど体が冷たくなっていった。
涼は未だ眠ったままの柚を見下ろして、自分の目的を再確認する。
自分がこんなところで投げ出すわけにはいかない。そう思わせられた。
それだけでまだ頑張れる。勇気を分け与えられた。
明日は早く起きなきゃなと思いつつ、硬いソファに身を預けて眠りについた。
次回
逆転の夢を見る