王子さまの演奏会
あらすじ
木下塾の骨格が作られ始めた
柚に教材開発をやらせればいい。
柚が姫達に教えることを決め、作成し、涼が監修する。
今まで柚のアルバイトについてあれこれ悩んでいたが、これなら在宅で特殊な技能が必要なく稼がせることができる。
それに、子どもが好きな柚には適任だ。モチベーションも高く維持できるだろう。
涼的には一人一時間あたり千円ももらえれば十分すぎるのだが(それでも時給一万を超える)、もらえるときにもらえるだけもらっておこうと思う。
「涼くんはどのように授業をしようとか何か考えがあるの?」
いきなりの話で考える時間などほとんどないが、涼にはいずれ姫にやらせてあげたいと思った指導計画があった。
その概要を伝えると、主婦達はみな感心したように肯き、やはり涼に任せるのが良いと口を揃えて言い出した。
そして何日の何時に集まるか、月謝はいつ渡すか、娘にどう通わせるかなど話し合うと、一つ重要なことを見落としているのに気がつく。
「あ、さすがにこの金額が集まるってことは贈与税とか所得税が絡むんじゃない?」
「あー、確かにそうよね。確か学生だと103万超えると所得税が発生して、これを私たちからの小遣いって形をとったとしても年間110万?を超えるとアウトだし」
「税金は恐いわよね。この前うちの近所の人が脱税して捕まったし、しっかり会社を作ったらいいんじゃないかしら?」
「うんうん、贈与税とかって親族が渡す金額が多くて発生するやつでしょ?…確か。大変だけど起業した方が安全ね。どうせこの家でやるからお金はかからないし、潰れることもないからいいと思う」
「うちの旦那税理士だから力になれるわよ。起業も手伝えるわ」
贈与税について涼は知らなかったが、この業界では常識の一つらしい。
税金問題は涼にとって全く親しみのない分野だが、この奥様方のおかげで不安な点が何一つない。
話は順調に進み一頻り話終えたあと、涼は再びコーヒーを淹れにキッチンへ向かった。
「ねえ、涼くんピアノも上手なのよね」
「上手ってレベルじゃないわ。コンサートを開けるくらい上手いわよ」
何故か愛がドヤ顔で訪ねてきた主婦に胸を張る。
「何か弾いてくれないかしら?」
「聴きたい聴きたい」
「ええ、いいですよ。ただ、うちのピアノ部屋は練習用に作られたもので椅子があまりなく、立って聴くことになりますがよろしいですか?」
「「「「OK!」」」」
今更ながらゾロゾロとピアノ部屋に入っていく若奥様達を見て場違い感を覚える涼であった。
ふと、何故自分が彼女らの相手をしているのか不思議に思うが、考えたら負けだと心の奥底に眠るもう一人の自分が訴えてくる。
涼は煩悩を振り払うように鍵盤のカバーをファっと取り去り、和音を奏でる。
(調子は悪くない。指もしっかり動く。夏休みにちょくちょく弾いていたのがよかったな。何事にも本気で取り組んだあのときはピアノもガチで練習し直したから今までで一番うまく弾けそうだ)
「何かリクエストはありますか?」
「涼くんが得意な曲ならなんでもいいわ」
「得意とは違いますが、最近よく弾いていた曲を弾きますね。
【革命のエチュード】」
フレデリック・ショパン、練習曲ハ短調作品10-12通称革命のエチュード。練習曲と名がついているが、こういう作品ほど非常に難しいケースが多い。
革命のエチュードは右手で強く複数の和音を奏でつつ、左手が鬼畜なまでに動き続けて右手の旋律をサポートするような曲だ。
初めて楽譜見たときは無理だろと諦めたくなったほどに左手がうねうねと動く。
この曲はショパンの母国ポーランドがロシアによる侵攻をうけ、怒りがこみ上げられてつくられた曲であり、非常に力強く、ピアノを嗜まない人でも聞いたことのあるものは多い。
涼が真剣な眼差しで弾いている姿を見て主婦達はそっと息を飲む。
防音室の中涼のピアノだけが大きく響き渡り、皆の心を震わせていた。
数分が経ち、涼が弾き終えると立ち見てしていた若奥様方は、わずかな力を振り絞るように拍手を送る。
そして湿潤気候の夏に相応しくないほど枯れ始めた喉からは涼を賛美する声が漏れ出した。
「……これも想像以上ね」
「私鳥肌たっちゃった」
「まだうちはピアノかバイオリンどちらを習わせるか悩んでいる段階で、この際だからピアノも涼くんに教えてもらいたいわ」
「そうね。まあでも涼くんは音大を目指しているわけではないからピアノは各個人でやりましょ」
「確かに、音楽の知識や技術は素晴らしいけど、こういう特殊技能は専門家が一番よね」
涼も反論するところは一切ない。
今は出し切った達成感と、うまく弾けたことに対する高揚感が涼を包み込む。
ふーっと深く一息ついて立ち上がると、若奥様方は涼に向かって万雷の拍手を送った。
「素晴らしい演奏だったわ」
「ええ、惚れ惚れするくらい。これなら女の子もイチコロね」
「それがなくとも何十人とオトシてそうね」
「また聴かせてもらいたいわ」
「ありがとうございます。自分でも会心の出来でした。また機会があれば弾かせてください」
そう涼が応えると再び少なくない拍手が室内に鳴り響いた。
「涼くんはバイオリンも嗜んでいるのかしら?」
落ち着いてそろそろピアノ部屋を出ようという時、主婦の一人が他の楽器を見つけて涼に問う。
そろそろ解散するかと思っていたが、まだまだ主婦達は涼に活躍してほしいらしい。
その後三十分間涼の独奏が続いた。
そして、若奥様方が涼の家を出たのはさらにこの二時間後だった。暇なのだろうか?
十人ほどお母様方がいると会話が大変ですね。もっと大変なのは涼でしょうけど笑。
涼に何を弾かせるか、僕の一番好きなリストのラカンパネラをやらせたかったのですが、無理ゲーなので断念。
ようやく柚が働く環境ができました。起業.........大変なところまで来ちゃいましたね。
次回
妖精のおしごと