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妖精の住処  作者: 速水零
130/312

木下塾……?

あらすじ

若奥様方がやってきた

「涼くん、うちの娘の勉強見てくれないかしら?」


 主婦達は怒涛の勢いで涼に迫り、軽く圧力をかける。


 もちろん娘の勉強が気になる、という理由だけでこんなこと言っているのではない。遠くから見守るための口実が欲しいかったのだ。


 娘は友達や大好きな近所のお兄さんと一緒に勉強ができ、母親はそのイケメンで可愛いモデルのような男子高校生を近くで眺められる。やらない手はない。


 一方、迫られている涼は遂に来たかと気を引き締めていた。


 ここまで涼が姫達の勉強の話題が出たのなら、主婦達はかなり興味があるということ。そしてこうなった時、涼の恩恵を得ていない側は涼に施しを与えて欲しいと希うだろう。


 昔涼は父親が連れてきた同僚や取引先相手達とのパーティーで似た展開になっていくのを何度も見てきた。ただの食事会に見えてその実、情報収集の場であり、取引の場でもあるのだ。


(さて、どうしたものか。愛さんの顔を見るにいきなり出た話ではなく、前に一度話し合ったことがあるのだろう。流石に大人数の小学生相手に勉強を見るというのは骨が折れるし面倒くさい)


「まあ、ご冗談を。僕よりもずっと頭の良い人はごまんといますよ。それに珍しいから姫達も楽しく勉強できていただけで、日常化すればほとんど変わりません」


 無駄だとは思ったが何もしないよりはいいかと、思考をまとめる時間稼ぎのつもりでやんわり断りを入れる。


「いいえ、私は涼くんほど完璧な子は見たことないわ」


「うんうん、あんなに見知らぬ人に懐く娘を見るのは初めてだし、そんなことないわよ」


「涼くんは自分を卑下しがちだけど、誇るべき成績を持っているんだから」


 まるで演劇のように主婦達は言葉を掛け合わせ、涼の反論を一つ一つ潰していく。


 この様子を簡単に表すなら、追い詰められるネズミの姿が一番正しい。逃げ道は小さなアリが通れる穴ですら塞ごうとしてくる。


 涼はバイトに行きつつジムにも通っているので、そこまで自由な時間はなく、そのほとんどが自分の勉強に当てられている。


 ただ面倒なだけでなく、現実的にそんな余裕はない。  


 だからといってデメリットだけということでもない。若奥様方は報酬を払うと言っていた。


 このために個人塾を開業するわけではないが、家庭教師のようにお金をもらって教えることになる。


「そうね、月謝はいくらくらいがいいかしら?」


「私は家庭教師に一時間あたり五千円払っているわ。有名国立大学生で相場より高いけどね」


「そうなのぉ。私は医大生に勉強を見てもらって一時間八千円よ。確かに安くはないけど、十分な対価だと思っているわ」


 早速主婦達は涼が了承する前提で話を進めてきた。


 やはりこの人たち相手に断るのは無理だと涼は悟った。涼とは違い長い間社会で揉まれた猛者がこの中にいるのだ。いくら演技がうまく、相手が涼に甘いとはいえ、交渉できることは限られてくる。


 ふと、涼はある名案を思い付いた。


 渋々受け入れることになると思っていたが、木下塾が実現するのは涼にとっても歓迎すべきことかもしれない。


「お金ですか……そもそも僕が個人塾のようなこと――形態としては家庭教師に近いですが――をしたとして、入りたいという方は何人くらいいるのでしょうか?」


「「「はーい」」」


「私もお願いしたいわ」


「うちの娘も」


「楓も見てくれると助かる」


 ここにきた主婦達は皆入塾希望の意思を表明した。


 そうなると面倒を見るのは大体十人くらいか、と涼が頭の中でさまざまな計算を行なっていると、一人の主婦が手を上げた。


「あの、涼くん。悪いんだけど、うちの次女のことも面倒みてくれないかしら?」


「確かに、私も他の子どもを見てもらいたいわ」


「そうね」


 そういう意見が出るのは予想がついていた。こればかりは断る他ない。涼以外にも何人か講師がいれば話は別だが、涼一人で他学年の子供を相手にするのは厳しい上に、この案はもともと姫の友達だから効くという部分もある。


 例えば姫の友達のお兄ちゃんが、涼に勉強を見てもらってやる気が急上昇するかといえば、それはないと断定できる。


「すみませんが、僕一人では一学年の子を相手にするのが限界です。専門の勉強をしているわけでもないので、かなり手探りで進めることになりそうですしね」


 そういうと言い出した主婦や同調した主婦達もあっさり身を引いた。押しすぎず引き際を弁えている、これが金に目敏い鬼達の住処で生きていくための処世術なのだろう。


「じゃあお金の話に戻りましょうか。……んー、そもそも週に一度二時間見てもらうとして、月四回で計八時間ってことでいいのよね」


「そうですね、科目関係なしに一回二時間ほどがいいと思います。小学生一年生には長く感じるかもしれませんが、やるべきことは多いので」


 ただ勉強を教えるだけなのはつまらないし、涼の経験上それが最適解だとは思わない。もっと頭を柔らかくするトレーニングが必要だ。


 パズルや特殊問題などは子どもが楽しんで取り組みやすく、時間の経過をあまり感じられない。長い二時間という時間もあっという間に終わることだろう。


「なら、私は月2万円くらいが妥当だと思うわ」


「そうね。一応大学に入学しているわけではないし、一対一ではないから一時間あたりに二千五百円というのはちょうどいいかもね」


「私も賛成。もっと多く出しても良いと思うけど、まずはお試しだし、涼くんは高校生だもんね」

 

 中学受験ならともかく、小学生相手の一般的な塾ではそんなに大金を支払うことはない。勉強時間が長いということもあるが、単純に時間換算した時の費用が大きい。これが収入の差というやつだ。教育にかけるお金が段違い。


 そして、涼に月謝が十人分集まると月二十万の収入となる。はっきり言って涼の働いているバイト先のパートよりも稼いでいる。


 涼はもちろん、この人種達相手ならこのくらいの金額が動くことは予想できていた。そして、この収入があるからこそ涼の名案は生きてくる。


 これだけのお金をいただく以上、生半可な授業はできないし、涼自身が納得しない。だが、先述したとおり涼は忙しく、事前準備の時間は多く取れない。


 勉強を教えるのは自分の勉強にもつながるとよく言うが、それは同学年の話ではあって、ここでは全く意味がない。


 そこで、のっぴきならないこの状況でどうすればいいか、ふと思いついた。



 柚に教材開発をやらせればいい。

長くなるので少し分けます。

初めてバイトの話(バイト戦士の回)をしてからここまで本当に長かったです。 

一時FXはどうかと考えたこともありましたが、却下しました笑柚にやらせることじゃない。


次回

演奏会

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