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妖精の住処  作者: 速水零
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翅をもがれた妖精

あらすじ

柚の家にようやく到着

「柚? 人違いじゃありませんか? そんな子うちにはいませんけど」


 柚は涼の服から手を離し、胸ポケットの中で呆然と菫の言葉を反芻する。


 人違い。


 ヒトチガイ。


 菫は確かに言った。


 そんな子はうちにはいないという言葉まで付け加えて。


(そんな、そんなはずない! 目の前にいるのは確かに私のお母さん! ヒトチガイなんてことあるわけない! あるわけない。あるわけない。絶対に私が忘れられてるなんてことない! 何かの間違いよ! そう! そんなことあるわけない! あるわけない! 一旦落ち着いて。落ち着いて。落ち着いて。落ち着いて。落ち着け。落ち着け。落ち着けッて!)


 心臓は破裂するほど脈を強く、速く打った。


 呼吸は荒れ、すぐさま過呼吸へと陥る。


 それでも頭は僅かに働いた。


 自分の母親が自分のことを知らないという事実が脳裏を離れてくれることはなかった。


 現実がどんどん身体に刻まれていく。


 悪夢のような真実が身体を侵食していく。


 柚は耐えられず、膝をつき、心臓を強く押さえつけ、平静を取り戻そうと奮闘する。


「この写真の女の子なんですけど、見覚えとかありませんか?」


 涼の心臓もまた、激しく脈を打っていた。手は震え、冷や汗を大量にかく。ホッカイロの熱がなくなったと思うほど身体は冷たくなっていた。


 だが、やっぱりという自分も確かに存在していたおかげで、違和感なく柚が映ったスマートフォンを手渡せた。


 涼は菫がそう言ってくることを予想していた。裏切られたかったが、もしものことを考えて展望台で写真を撮り、柚を胸ポケットに押し込んだ。


 家族の仲はかなり良いという話を柚はしていた。


 それなら普通今頃あちこち騒がしく柚を捜索しているに決まっている。


 お気に入りというあの展望台の道が誰も最近通ってないほど荒れていないというのはおかしい。誰かが探しにいくはずだ。


 柚に内緒でイヤホンを通し聞いていたラジオにも行方不明者情報は全く入ってこなかった。柚は涼のスマホを盗み見ることが多く、隠すと怒り出すためこっそり情報収集するしかなかった。


菫の顔を見れば本当に知らないことは一目瞭然だ。知っているのなら赤の他人に聞かれた時に表情が一瞬変化するはず。どれだけ平静を装うとも、表情筋は心情を写す。超能力がなくとも人の感情は訓練を積めば大抵読める。ただの一般人の菫が完全に隠せるということはない。


「私にそっくりな子ですね。学生時代の自分を見ているみたい。もしかしたら親戚にこんな子がいたかもしれません」


 確定した。


 菫は本当に柚のことを知らない。


 忘れたというレベルでなく、記憶がない。


 柚は身体を丸め、見えない悪魔から身を守っていた。


 自らの理性を、人として生きた証を、自分が浮波柚であるという常識を奪い取られないように。



(ウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだ!)



 悪魔は現実だった。現実を顕現させる菫も悪魔にしか見えなかった。


 そしてまた、悪魔は現実を囁く。


「……いえ、やっぱりこのような子は知りません。親戚にもいなかったと思います。柚さんと言いましたよね。家出でもされたんでしょうか? 警察に連絡はしましたか? 何か力になれることがあったら言ってください」


 我を忘れかけている柚にはトドメの一撃だった。


「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッァァァァァァァ!」


 出逢った時と同じ、だが、それが示す感情は全く異なる声にならない絶叫が響いた。


 柚が大事に大事にしていた自我の炎が消えた瞬間だった。


 柚は身体を丸めたまま意識を手放した。


 涼は柚のことを心配に思うが、表に出してはいけない。


 涼の身体も限界に近いほど荒れていた。


 だが、それは悟られちゃいけない。


 色々なところに柚の捜索をしているという体裁で来たのだ。


 柚のことを深く追求されちゃいけない。事態が大きく荒れるに違いない。小人の存在。柚という少女の存在。これは柚の家族を巻き込むだけでは済まない。


 この非現実は自分達の中だけにしておかなければならなかった。


 何より、柚がこんな状況で自分が狂うことは許されない。


 涼は様々な要因によって押しつぶされる思いだった。


「何か叫び声が聞こえませんでしたか?」


 菫は怪訝に思い尋ねてくる。


 眉をひそめる姿も、柚にそっくりだった。


「きっとタブレットで聞いていたラジオの音でしょう。柚の安否が放送されないかと聞いていたもので。すみません貴重な時間をいただいて。それでは、失礼します」


 真実を僅かに混ぜた嘘というのは存外信憑性があるように見えるものだ。菫は涼の言い訳に納得した。


「いえ、そんなことありません。…あのぉ。連絡先とか教えてもらっていいですか?」


 帰ろうとしている涼を菫は引き止めた。


 何か未練があるような菫の様子に、涼の足は縫い付けられる。


  今すぐにでも帰りたいが、態度を不審に思われないよう菫に付き合うことにした。


「いいですけど、どうしてですか?」


「その……先ほど見せていただいた柚さん。どうにも他人のように思えなくて。見つかったら一度お会いしたいと」


 赤の他人と決めつけていたが何か思うところがあるようだ。


 見た目から何かシンパシーを感じたのだろう。親子なだけあって本当によく似ている。


 実際、菫は柚を自分の昔の姿のようだと言っていた。


 少しだけ、救われた気がした。


 たとえ、本当に見た目から親近感を覚えていたとしても、頭のほんの片隅には柚の記憶があるのかもしれない。柚を覚えているのかもしれない。そう思えたから。


「ええ、わかりました。……見つかったら、必ず」


 涼は心を落ち着かせるため、二拍空けて応えた。


 その後すぐアドレスを交換し、涼は浮波家を後にした。




 柚は世界に否定された。


 本当の柚を知る者はいない。世界は彼女の存在を消したのだ。


 身体は小さくなり、生存すら危ぶまれた。


 彼女はもう、人間ではない。人間として成り立たない。


 価値を奪われたのだ。


 生き方を奪われたのだ。


 涼はポケットの中で眠る柚を見て思う。


 翅をもがれた妖精のようだ、と。

第1章これにて終幕です

ストックに甘んじた毎日投稿にも終わりが見えてしまいました


次回

柚についての考察と情報収集

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