王子さまの黒い思い出
あらすじ
また決意した
日が暮れるともう夕食の時間だ。
9月に近くなっている今、そこまで日が長いわけではないが、いつも柚と涼の夕食の時間からすれば遅い方。
「何食べたい?」
「んー、正直疲れたからなんでもいいんだけど……あ、前に来たときに行ったファミレスがいい」
「えっ……あそこか……」
「いいじゃん、面白かったし」
「あそこ嫌なんだけど」
「あの時の涼を思い出すと今でも笑える」
柚が言っているファミレスとは、涼が少しの間壊れた場所でもある。
柚に食べさせられる方法が今ほど考えられなかったのだからしょうがない。
あの時の涼は周りの視線がとても痛く、自分をキチガイだと思い込まないとやっていけなかったのだ。
無論、今なら柚を人形と見立てて衆人観衆の中食べさせやしない。
「んー、まああそこには何ヶ月も行ってないわけだし、店員だって俺の顔は覚えてないだろうからいいか」
「じゃあいきましょ!」
バイク移動なのでファミレスにはすぐ着いた。
自転車置き場に置くと、倒されたり悪戯されるのが怖いので駐車場に停めさせてもらう。
店内に入るとピーク時なのか店員たちが忙しそうに駆け回っていた。彼らと同じくファミレスの店員をしている涼は、なんだかかわいそうに思えてしまい、何か手伝ってやりたい気分になる。
自分の働いているのとは違う会社のファミレスなので、店員の様子を見ていると様々な部分に興味がひかれる。
ハンディはどんなのを使っているか、ドリンクバーの形態、カトラリーの置き方、レジの機械の扱いなど、違うところは沢山あって面白い。前はこんなこと考える余裕がなかった。
「何見てるの?」
今はヘルメットのインカムではなく、涼の完全分離型Bluetoothイヤホンで通話しながら話している。
「いや、僕の働いているファミレスと違うから面白くて見てただけだ」
「ファミレスなんてどこも一緒でしょ。違うのなんてメニューくらいじゃない?」
「ま、普通の人はそう思うよな。店員やってると細かい違いに気がつくんだよ。どうでもいいことには変わりないけどさ」
「ふーん。席空いてるんだしあのテーブル座りましょ」
今回の作戦は至ってシンプルだ。
柚は涼のウエストバッグ内にいるのだから、こっそり料理をペーパーでくるんで落とすように渡せばいい。
料理本体を落とすのは食べる柚や後で掃除する店員に申し訳ないので、ペーパーにくるむ必要があるのだ。
「何食べたい?」
「やっぱドリンクバーの飲み物無理?」
「そりゃそうだろ。後でコンビニで好きなの買うから、持ってる水で我慢してくれ。で、何食べんの?」
「この店だったら……サラダと何かパスタが食べたい」
「サラダね。……ほんとこう言う外にいる時だけ美容がどうとかで食べるんだからなぁ。じゃあ鳥の胸肉入りサラダと水牛のモッツァレラチーズ入りボロネーゼにするか」
「オッケー。それでお願い」
店員に料理を頼むと12分ほどでやってきた。この揚げ物を含まない料理たちでウェイト12(注文からどれだけ客を待たせたかで、ここでは12分待たせてたとなる)ならやっぱり忙しいのだろう。
もっと早くくると思っていたのでかなりお腹が減った二人はがっつくように食べ始めた。
所詮ファミレスの料理なので美味しいとはいっても、空や海と行ったイタリアンほどの感動はない。特に感想もなく食べ進める。
「そういや、涼ってあの壊れた後にも面白いセリフ吐いていたわよね。確か、クールな人に憧れている……だっけ?」
涼は、物語の主人公に憧れを抱いている。
涼の目指す彼らはいつでもカッコよかった。信念を持っていて、自分に正直で、誠実で、人を赦し、人の為に罪を被ることも厭わなかった。
人の前で弱味を見せず、時に虚勢を張り、影で泣いていた。その一つ一つに心を動かされていた。
そしてこれは涼に確かな影響を与えている。
柚がPTSDに陥った時、涼は真剣に向き合い、柚のためならなんでもやった。柚がどんな悲壮を語ってもまっすぐ受け止め、決して逃げ出さなかった。
柚の相手をしていれば疲れやストレスは相当に溜まるが、涼は柚に愚痴を言ったことはない。
「恥ずかしいセリフっていうのは認めるけど、本心だから。まあ、今はそこまで思ってないけどね。見習いたいとは思うけど」
「へぇ、なに、夢が醒めたってやつ? しょーじき涼に似合いそうなんだけどなぁ。家に停まってるあの高級車に乗っている姿とか普通に想像つくし」
「そんなんじゃないよ。かっこいいから憧れたってのもあるけど、彼らが本当に充実した生活を送っているのが羨ましかったんだだけだ。今の生活は結構面白いから、もうそこまで目指そうとは思ってないってこと」
「なにそれ。リア充になりたいってこと? 涼ってもうすでに勝ち組じゃん。陽キャとはちょっと違うけどさ」
「僕がそんなのに憧れているとでも?」
たしかに涼の言葉はリア充を指すものに近いが、若干違う。
涼は繰り返される退屈な日常が嫌いなんだ。
なにも為すことなく、操り人形のように生きていく生活が耐えられないんだ。
「ううん、見えない。彼女欲しい!って連中から一番遠そうだし。で、でも……ねえ、たまに人並みに欲しくなるって言ってたけどさ…今は、どうなの?」
「彼女欲しい欲求があるかってこと? んー、皆無だな。仮に気の知れた女友達が欲しいって思ったとしても、僕には柚がいるからいらない」
「えっ………………あ、あ………えぇ、い、いきなり……な、ななななんてこと言うなよ、バカ!」
「狼狽しすぎ、顔真っ赤だぞ。そんなに嬉しいのか?」
「なっ……なんのことかしら?」
「照れるな照れるな。流石の僕でもわかるよ」
涼は鈍感でも難聴でもない。いや、若干鈍いところがあるのはたしかだが、柚がなんで取り乱しているのかくらいはわかる。
だが、それで涼は柚に恋愛として好かれているとまでは思わない。誰だって不意に告白紛いの睦言を言われれば冷静ではいられないものだ。
「それ、わざとでしょ」
「さあ、どうかな。僕は本音を語ったまでだよ」
再び涼は揶揄うように柚を攻める。
ついでに人差し指で頬を撫でてやった。
端から見ればウエストバッグに人形を入れているヤバイ男子高校生が、不思議とニヤケながらこっそり人形を撫でているようだ。
柚が見られるということはないが、少し周りからの視線が冷たい気がする。まだ夏は終わっていないから急に冷え込んだわけではない。
そして、たまに不自然に横を通る女子高生のアルバイト店員は、チラチラと涼を伺っていた。鬱陶しいってほどではないが、あまりに見られると柚がいる手前結構緊張する。
でもよくあることだ。顔が良いことはいいことばかりではない。
やっぱりこのファミレスは良い思い出を量産させてくれないスポットらしい。
あー、ギリギリこの後書きのせいで十一時投稿間に合わない。
でも、これを書かないのはなんか違う。
という葛藤を今抱えております。以上に十時五十九分が長い。
次回
妖精の黒い思い出