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妖精の住処  作者: 速水零
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決別 後編

「そういえば、涼さんはこの辺りに住んでいるのですか?」


 柚のことを聞くために見ず知らずの浮波家を尋ねたのだから、近くに住んでいると考えるのが妥当だ。それに、涼は先ほどあの広場で昔遊んだことがあると言っていた。


 しかし、涼ほど顔が良い男子高校生はなかなかいない。そこそこ広い街とはいえ田舎なので、菫は近所の人はだいたい知っているが、涼を見たのはあの時だけだ。


 この局面は考えていたが、まだ涼は上手い返し方を思いついていない。


 先ほどの3Dビュー発言のように悪手を指すかもしれないが、不自然さだけ見せないように会話を繋げていくしかない。


「まあ、この辺に住んでいたこともありますけど、今は神奈川県に引っ越しました。柚を探しにここに来たのは、一度柚と二人で来たことのある思い出の場所だったので」


「まあ、涼さんはあの写真の子と付き合ってるんですか?」


「はい、最愛の恋人です。地元を探しても見つからなかったので藁にもすがる気持ちで色んなところを廻りました」


 今回涼がパッと思いついたのは柚が恋人だという設定だ。最近柚の付き合いで観ていたアニメに、偽の恋人という設定が出てきたのを思い出して採用した。


 柚は涼の「最愛の恋人」発言を聞いて今日一心臓を跳ね上げさせられた。


 飛び上がりたいほど嬉しいが、それが叶っていないことに一抹の寂しさがある。


「それはそれは……無事見つかって良かったですが、大変でしたね。今も相当苦労されているでしょう」


「そうですね。こうしてバイクで遠くに出掛けたくなるほどには疲れますが、最近柚が笑うことが多くなったのが救いです。僕は学校も学年も違うので柚を救うことができませんでした。どうすれば良かったのか、今でも後悔して悩んでいます」


「涼さんが後悔することはありませんよ。いじめた相手が悪いのですから。関係のない私ですが、柚さんに応援していると伝えてくれませんか?」


「そう言ってくれるだけで嬉しいです。気が楽になりました。必ず伝えますね」


 その後涼と菫は長い間他愛もない話をした。涼の学校のことや菫の()()()のことなど話題は尽きない。


 話してみると、やはり二人は親子なんだと涼は思った。一見おっとりした菫と、少しトゲのある柚は似ていないと思ったが、本質は変わらない。


 どこまでも優しく、他人思いで、ちょっとした悪戯が好きな女性。


 現実的な話柚と菫が同じ遺伝子を持っているとは限らない。菫が産んだ事実ですら書き消されている。


 だが、涼は菫と話していてこの二人は本当に親子なんだと確信した。


 菫は柚に関することを全て打ち明けたとしても他人に漏らさず匿ってくれるだろう。


 涼といるよりもずっと幸せかもしれない。


 ここまで信用できる人なら託すのが普通だ。柚のことを第一に動いてきた涼ならそう選択するだろう。


 それでも、涼は本当のことを言うことができなかった。どうしてか、涼にはわからない。


 ただ、この場で伝えて柚を差し出すのが嫌なのだけはわかる。


 しかし、理由はわからない。




 やがて、菫は買い出しに戻っていった。


 一時間近くいたのだろうか、日がだいぶ傾いている。これが冬ならもう沈んでいるからだろう。


「柚、もう出てきていいぞ」


「……うん。わかった」


 柚はピョンと飛び跳ねてベンチに登る。


 その顔は涙でぐしゃぐしゃに歪んでいた後があったが、涼は何も突っ込まなかった。


「もしかすると、これが柚の母さんとの最後の別れになるかもしれない」


「………………うん。…………そうかもしれない。私がお母さんの前に出ることはできないもんね。涼に連れられて顔を見に行くのも変だし」


「お前のお姉ちゃんの話も聞けてよかったな」


「……うん。そうね。相変わらずだったけど、元気でよかった」


「………………」


「………………」


 しばらく二人は黙り込んで周りの景色を見渡す。


 すると、柚は自分の生まれ故郷を見下ろしていたためか、この街の思い出をポツポツと語り出した。再び涙を浮かべ、しどろもどろになりながらも言葉を紡いでいく。


 何度か聞いたような話や時系列が無茶苦茶で筋の通らない話もあったが、涼はジッと耳を傾ける。


 それは柚の故郷との決別を前にした追憶だった。


 これが最後の別れとなるわけではないが、菫と会ったことで、完全に踏ん切りがついた。


 本当の自分の姿を見つめたこの二ヶ月半、何度元に戻りたいと思ったか数えきれない。


 それこそ二回目に来て現実を受け入れた覚悟など忘れ、幻想に身を寄せていた時期もあった。


「……やっぱダメね。いつまで経っても私は前に進めない」


「そんなことはないさ。ちゃんと一歩一歩前進している。また挫けることもあるかもしれないが、柚なら立ち上がって前を向けるさ。現にこうして外に出られるわけだしな」


「……うん。だけど、涼がいるから私は折れずにいられるの。これからも私を導いてね」


「当たり前だ」


 涼は力強く答え、柚の頭を指で撫でる。絹でできたような柚の暗色の髪はとてもサラサラとしていてとても心地良い。本当の妖精に触れているようだ。


 撫でられている柚もうっとりとして涼の指を受け入れ、破顔している。


 長々と伸びる二つの影が繋がったまま、二人は日が沈むまでこの場を離れることはなかった。

前後編わけは初めてですね。今回あらすじや次回予告風のあれは省略しました。

これで長かった本章はエピローグのような話を数話挟んで終幕です。


次回

回顧

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