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妖精の住処  作者: 速水零
120/312

決別 前編

長くなったので初の前後編わけしました。


あらすじ

柚の穴場スポットにやってきた

「あの、すみません」


 ビクッ涼と柚の肩が震え、涼は思わず振り返る。


 ここはほとんどの人が知らない、いわゆる穴場スポットのはずだ。最近誰も来なかったことからしても誰かが来る確率はゼロに近い。


 振り返った先にいた人は――柚の母親、浮波菫だった。


「もしかして、木下涼さんではありませんか?」


 以前柚を浮波宅に送った時、涼の応対をしたのがこの浮波菫だ。


 あの時この場所で撮った柚の写真を見せたのだが、菫は写真に写る柚に対して何かを感じていた。


 実の親子なのだから当然顔は似ている。本人も自分の若い頃に似ていると言っていた。記憶はなくとも、血は繋がっているのだ。親近感を抱いて当然だ。


 だから涼が浮波宅を離れる時、菫は連絡先の交換を求めてきた。


 涼は菫に、柚が発見されたら連絡すると約束したが、まだ一度も連絡していない。


(あっ!?……そういえば、柚が見つかったら報告するとかなんとか言っちゃってたな……どう話そうか。こんなに時間が経っていると誤魔化し方も適当じゃ許されないし)


 あの時のことは衝撃的すぎて涼もその約束のことを今の今まで忘れていた。


 そして、菫に柚の捜索具合について問われた時の返答が問題となってくる。


 見つかったと言えば菫は会いたがるだろう。


 まだ見つかっていないとなれば本気で心配し、事態が大きくなるだろう。


 何かの事件で亡くなったなどと言えば調べられた時、未成年なので名前は出なくとも、いずれ嘘だとばれるだろう。


「ええ、お久しぶりです、浮波菫さん。三ヶ月ぶりくらいですね。本日はどうしてこんなところまで?」


 まずは菫がここに来た理由を聞くことにした。話題を振られないため、そして単純にとても理由が気になるから聞いた。


「いえ、買い物に行こうかと歩いていたら人の寄らない広場にバイクが停めてあって、よく見ると地元民でも知らないこの展望台に続く足跡が見えましたから、気になって来てみたんです」


 バイクを停めた広場は夏で人が寄らないために雑草が生い茂っていた。歩くだけで沢山の草を踏み潰し、足跡ができあがる。


 たしかに気になる気持ちはわかる涼だった。


「涼さん、よくこの場所をご存知ですね。うちの娘とその友達数人、それと私くらいしか知らない場所だと思っていました」


「僕も昔この辺りで遊んだことがあったんですが、知りませんでしたよ。ただ最近地図アプリの3Dビューを使った時に、この広場の近くに古びた展望台があるのを見つけまして、気になって見に来ました」


「あー、たしかにあの広場から見つけるのは難しいですけど、上から見れば簡単に展望台があるのはわかりそうですね。これだけ綺麗な景色が開かれて見える以上、とても探りやすくなっているでしょうし」


 涼が咄嗟についた嘘を、菫はさもありなんと信じた。実際涼はこの場所を3Dビューで見たことがあるから話し方も真実味が帯びていたのだろう。


「浮波さんはよくここに来られるのですか?」


「ええ、たまに気分転換と運動不足解消に来ますよ。でも最近は暑くて足が遠のいちゃいましたけどね」


「そうでよね、最近暑いですものね。この辺は標高が高いのでまだいいですけど、都心は猛暑日が続いていますし」


「そうですよねぇ。都心は暑くて熱中症患者も多いようで大変そうです。そういえば、あれから連絡がありませんでしたが、あの写真の子は見つかったのですか? 進捗などを伺いたかったのですが、少し躊躇ってしまって」


 幸い、柚の体は涼の陰にいたためまだ菫に見つかっていない。


 菫の話はとても気になるがバレたらまずいので、菫の死角からはみ出ないようにベンチを飛び降りて身を潜める。


 多少の物音はしてしまったが、セミの泣き声がかき消してくれた。


 涼は柚が隠れたのを確認して立ち上がる。いつまでもベンチに腰掛けたまま目上の相手と話すのは無礼だ。


「座ったままで大丈夫ですよ。私も登るのに疲れたので隣失礼しますね」


 菫は涼の隣に腰を下ろし、ほっと一息つく。


「……捜索していた柚の話ですね。連絡を入れ忘れて申し訳ありません。柚はあの後見つかったのですが、新しい高校でいじめを受けていて、今引きこもっているんですよ」


 人は身近な出来事からアイデアを想起することが多い。涼は数瞬のうちに無数の思考を巡らせていたが、一番適当だと思ったのは柚のPTSDだった。


 見つかったことにするのが一番良い。そして一度会わせてくれという願いを封じるためには引きこもりは最強のカードだ。


 加えて、いじめからの引きこもりという流れを作ることで、何故家出をしていたかの理由説明にもなる。


 そしていじめの副次効果として、インターネットなどで検索しても各学校いじめの事実をもみ消すことが多いので柚の事件を探り切ることはできない。


 菫もそれはよくわかっているので調べようともしないだろう。


 菫は柚がすぐに見つかっていたことを知り安堵したが、引きこもりになったことを聞いて顔を強張らせた。


「大丈夫なんですか……その柚さんは」


 案の定いじめという言葉を聞き菫は何故家出をしたのか、どこで見たかったかなどの話には踏み込んでこない。


「ええ、まだ自分の部屋から出ることはありませんが、キチンと勉強もしていますし、良い傾向にあると思います」


 少し前の柚を思い出して涼は語る。涼の演技力により、あの頃の悲壮さが滲み出ていた。


「そうですか。それはよかった。いつかまた学校に通える日が来るといいですね」


 柚は母親の言葉を聞いて静かに涙を溢した。


 嗚咽をなんとか堪えながら体を丸め、ジッと菫の言葉を魂に刻んでいった。


 自分のことを覚えていてくれなくても、心配してくれているのが何よりも嬉しかった。


 そして、外に出られるようになって本当に良かったと思う。

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