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妖精の住処  作者: 速水零
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人形の育った家

あらすじ

夜景を二人で見た

「堪能したな。缶コーヒーでも飲みながら観れたら。ま、次の機会に持ち越すとするか。 またの機会があればの話だけど」


「来たいときにくればいいんじゃない?」


「ここに来るまでにいくらかかったと思ってるんだよ。それに、むちゃくちゃ時間かかるし」


「それもそうよね。私もなかなか都心に行けないわけだし」


「わざわざ行くようなところじゃないだろ、あんなとこ」


「近くに住んでて頭のおかしい木下には私たち女子高生の気持ちが全くわからないようね。そんなんじゃモテないわよ。顔はいいんだから言動をもう少し気にしなさい」


「よく言われる。直す気はないけどな」


「でしょうね」


 涼達は気分が良く、言葉の棘にカバーが掛けられていた。似たような会話が途切れることなく続けられていった。


 そういえば今眺めた景色のどこに柚の家があったのだろうか。


 不思議に思った涼が聞いてみると、この山までの道の間にあり、通り過ぎていたようだ。


 涼の驚く顔を見て、してやったりという顔をする柚。


「通り過ぎたってのは嘘なんだよな」


 重要なことなので再度尋ねる。


「いいえ、本当よ。素知らぬ顔をしてたの」


 女の嘘と我儘を許せる人になりたいんでしょ、と笑いながら付け加えた。


 柚の心は涼の青ざめた表情を見て満たされた。いたずらに成功した子供のようだった。


 しかし、涼はただ騙されたにしては表情が戻らない。度がいきすぎてしまったのだろうかと柚は首をかしげる。


「木下、どうしたの? そんなに驚いたの? ねえって」


 柚は涼の胸をトントンと叩いた。


 ジャケット越しに軽い衝撃が伝わる。


 反応がない涼に柚はどんどん顔面蒼白になる。


 少しして、涼はわッと柚を驚かせた。


「驚かせてきた仕返しだ。どうだこの迫真の演技。驚いたか?」


 実際は全く違う。本当に衝撃的な話で言葉が出なかった。


 涼の嫌な予感がさらに正解に近づいてしまっている。


 だが、涼は柚のためを思い、嘘をつき明るく振る舞った。


「ビックリさせないでよ!」と言いつつ柚は胸を撫で下ろしていた。本当に心配していたようだ。涼が罪悪感から逃げられることはなかった。


 互いに謝り、階段を下って下山する。


 階段を降りる行為にも負荷はかかるものだが、驚くほど早く麓まで降りてこれた。


「どの辺にあるんだ? お前の家は」


「歩いて三百メートルくらいかな。ここに来る途中にコンビニあったでしょ。あそこからすぐ近く」


「コンビニが近いってのは便利だよな」


「そうね、夜買いたいものがあってもあそこはしっかりやってるし」


「品数も今は豊富だからな。旅をして困っても割とコンビニがあればなんとかなるものだ。このホッカイロみたいにな」


 右胸に貼ってあるカイロを左胸のポケットに入る柚に見せながら言う。緊張を悟られないよう力一杯握って震えを隠す。


「私も夜食が欲しいときお世話になるわ」


「太るぞ」


「い、いいでしょ! うら若き乙女には時々暴飲暴食しなきゃやってられない時がある の! 女子会をするときだってあるし!」


 危機を覚えたことがあるのか、焦って反論するが、否定はしなかった。


 女子会というものを男子校生の涼は想像できなかった。


 とりあえず、男子が集まって打ち上げをするあれの女子バージョンだということで処理する。


 上辺だけは男子に見せないハッチャケた会合となっているが、ドロッとした一面があそこには隠れている。静かな情報戦が一部で繰り広げられていることを涼は知らない。


「でも高いからあまり利用したくないわ。高校に上がってから小遣いも上がったし、バイトも決まったけど、なかなか感覚が抜けない」


「大金を手にすると十円百円がどんどん端数に感じてくる。その感覚は大切にした方がいい」


 百円は言い過ぎだが、実際のところ少し遠出してスーパーに行くくらいなら高くてもコンビニでいい、という感覚がだいぶ根付いてきた。


「あんな大きな家に住んでたらもともと私の持ってる感覚なんてないんじゃない?」


「昔は確かになかった。自分で働いて、やっと学べた。時給が十円違うだけでかなり変わってくるからな」


「やっぱりお金持ちは違うわね。嫌み?」


 ジト目で涼を見上げる。しかし、その目には糾弾の色がない。からかっているだけだった。


「そんなわけないだろ。ほら、浮波が言っていた家が見えて来たぞ」


 紺色のレンガに水色の壁。手入れの行き届いた芝生付きの庭には柴犬が鎖に繋がれたまま歩き回っていた。街灯が家の前に立っていたおかげでどの家だか簡単に判別できた。


「やっと、やっと帰ってこれた!」


 帰りたくないという感情が、涼と離れたくないという感情がずっと柚に渦巻いていたが、この時はただただ、帰って来たことを喜んだ。


 雀ほどの涙が涼の胸ポケットを濡らす。


 柚の声は静寂の中に消える。


 涼は柚のことを一瞥するともう一度覚悟を決めた。


 どんな運命も受け入れると。


 門の前に辿り着くと、柚は身を乗り出してカメラの付いていないインターフォンを鳴らした。インターフォン鳴らさせた後、すぐさま涼は柚を胸ポケットへ押し込んだ。


 柚はわーわー騒ぎ出すが、「いきなり小人の姿のお前を見せたら相手が気絶するだろ」と宥めた。


 少しして、柚によく似た柚の母親らしき人が顔を覗かせる。


「あのぉ。どちら様でしょうか?」


 顔立ちだけでなく、声まで柚とそっくりだった。柚の母の名は浮波菫。「波に浮く菫」と覚えると柚は言っていたが、それだとこの一族は花や果物ならなんでも波に浮くを付けるだけになる。


 これを聞いた時、涼は覚えやすいとは言えなかった。


「夜分遅くにすみません。柚さんいらっしゃいますか?」


 余計なことは挟まず、単刀直入に聞き出す。


 柚は涼の服を握りしめ、菫の返答を待つ。


 涼も菫の表情、一挙一動を今日一番の集中力をもって見つめる。


 そして、菫は答えた。


「柚? 人違いじゃありませんか? そんな子うちにはいませんけど」

次回

涼の予感が的中する

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