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妖精の住処  作者: 速水零
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限界地

あらすじ

玄関、クリア

「確かに、玄関とは比にならないくらい恐いわね。でも、まだまだイケる!」


「じゃあ、さらに先までいこうとするか」


 涼と柚は玄関を抜けた。


 昨日案内した庭が一面に広がる。最近芝生の手入れをしたばかりなので綺麗に整っており、どこかの住宅展示のように美しい。


「どうだ、柚。目は開いているか」


「もちろん。でも、玄関から覗くよりもずっと外の世界が開けているから、思わず目を閉じたくなるわ」


「いや、それでもだいぶ進歩しているさ。じゃあ昨日みたいに庭を一周してみるか」


「ええ、そうしましょう」


 まだ自宅の外に出るのは早い。一度ここで慣らしておこう。


 涼は昨日言っていなかった思い出を語りつつ庭を回った。


「やっぱり広いわね」


「まあ、父さんは金を稼いでいるし、ステータスを誇示したかったんだろうな」


「そのためにこんな高級住宅街に大きな家を建てたの? 涼とは別のベクトルでおかしな人ね」


「自慢したくて買ったのとは違うよ。職場の人たちに合わせたり、母さんの要望を受け入れるためだったりで、そこまで家に執着していないさ、あの人は」


「要するに、仕事人間ってこと? 涼のお父さんは」


「超がつくほどの、な。出世欲はそこまでないだろうけど、会社で上手くやっていくことにしか興味がない。いや、興味もないんだろうな。仕事のために生まれたロボットみたいな人なんだ」


 涼は遠い目をしながら滔々と語る。


 柚はサマージャケットの胸ポケットに入っているので、涼の様子を伺えない。


「自分の父親のことをそこまで酷くいう人初めて見たわ。家庭の事情もあるのだろうし、深くは突っ込まないけど、涼も大変だったのね」


 今まで柚は涼の家族の話をほとんど聞いたことがない。

 

 自分が出会ったこともない上流階級の人たちがどんなものか興味を抱いてはいたので、外の恐さそっちのけで聞き浸っていた。


 広い庭といっても涼の家は豪邸ではないので、すぐに庭一周し終えた。


「さて、庭をぐるりと回って何か変化はあるか?」


「涼の話に夢中で全く恐くなかったわ。むしろ外にいるのを忘れてたぐらい」


「まあ、その程度ってことか……。じゃあ次は家を出るか」


「……ね、ねえ、やっぱり今日はここまでにしない?」


 先ほどまではここにいるのに余裕があった柚だが、いざ門を越えるとなると恐怖が再び湧き出てくる。


「んー、じゃあ門の前まで行こう。そこから辺りを見渡すんだ」


「う、うん……わかったわ。状況確認は最優先事項だもんね」


 随分大袈裟な言い方をするものだと涼は思ったが、それも仕方ない。


 庭が猛獣に溢れない、自分の生きていける範囲なのは十分理解できたが、まだ完全な外の世界はどうかわからない。


 涼は玄関へと繋がる雑草一つない石畳を歩き、門の前に立つ。


「胸ポケットじゃ外はよく見えないだろう。肩に乗せるぞ」


「ええ、お願い」


 涼は普段からジムに通って鍛えているので、一般男性よりも僧帽筋が発達している。あまり乗り心地は良くないが、柚は何度か乗っているので落ちる心配はない。


 胸ポケットから柚を摘み上げ、柚を右肩に乗せる。


 柚はギュッと瞳を閉じていたが、「1、2の3!」と掛け声をして目を見開いた。


「……懐かしい」


 真っ先に出た言葉は恐怖ではなく懐古だった。


 今までカーテンを閉じて外の景色を封じていたのだ。涼と一緒に歩いた思い出が一気に想起される。


 門でよく見えなかった通学路がはっきりと目に映る。


 感触は悪くない。玄関から外を覗いた時よりも安定している。


 このまま外に出られるのではないか、と希望的観測を抱いた涼だが、次の瞬間柚の顔が恐怖に歪められるのを感じた。 


「……む、ムリ! やっぱ恐い!! 涼、下ろして! 下ろして!!」


「わ、わかった。胸ポケットに戻すよ」


 器用に肩の上で体育座りをしている柚の腰を指で摘んで持ち上げる。


 人形のような姿でも人の温もりを感じるが、明らかに冷たい。夏のうだるような暑さの中、柚の体は凍えるほど冷たくなっていた。


 やはり柚にはまだ外の世界は早かったのかもしれない。


 今の柚が出歩けるところは、庭を含めた自宅限定ってことか。


 外の空気を吸えるだけでも柚の生活習慣は良くなるだろう。


「今日はもう外に出るのはやめよう」


「うん……そうして」


「じゃあ庭のテーブルでティータイムってのはどうだ?」


 この暑い中わざわざ外で過ごしたくはないが、柚を外の空気に慣れさせるためには仕方ない。


「うん。いいと思うわ」


「じゃあアイスティーを用意してくる。せっかく庭まで出られるようになったんだ。美味しいスイーツも用意しよう」


 まだまだ外に出られるようになれたとは言えない。

 

 だが、ようやく完治が見えてきた。


 涼はかなり沢山柚を外に引っ張り出す作戦を考えてきたが、ここまで事態が急変するとは予想外。また作戦を練り直さなければならないだろう。


(ああ、柚が治ったらまず先にあそこに出かけようかな。柚もきっと喜ぶし、いい実践場だろう)


 昨日お祝いしたくて買ったスイーツと、事前に水出ししておいたアイスティーをお盆に乗っけて、涼は柚の待つ玄関を越えた先に向かう。

これで本当に庭までなら出られるようになりましたね。柚はまだ引きこもり歴が浅いからこの程度で済んでいますが、ベテランともなると一筋縄ではいきません。

ベテランの引きニート恐い!


次回

段階的リハビリ


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