思い出を辿る
あらすじ
涼が壊れた
店の時計で確認したが、もう九時を大きく過ぎていた。
今夜はここに泊まることになりそうだ、と涼は財布の中身を思い出しながら考える。
最後に良い所に案内してあげる、と言われたので人形型ナビを再び胸ポケットに装備して歩き出す。
「どこに行くつもりなんだ?」
「秘密って言いたいけど、歩いているうちにわかっちゃうわね。展望台よ。街が一望できるの。ちょっとした山の上から見る景色は最高よ。展望台はすごい古くて、知っているのも私の家族や本当に親しい友達だけ。入って行く道かなり生い茂ってて誰も通ったことがないような感じなの。昔そこら辺遊んでたら偶然見つけたの」
柚がちょっとした山と言うのだから百メートルくらい登れば山頂に着くのだろう。それでも展望台と聞いて旅好きの涼は興奮を抑えることができなかった。
展望台は定番であるが、夜景を見渡すというのはどこであっても最高だ。いつか百万ドルの夜景というやつも見てみたい。
実際のところ山を登るというよりも階段を上るという感覚だったが、あたり一面が自然であるため、涼は退屈を覚えなかった。実際柚の言う通り全く人が通った形跡がなかった。未開の地を歩むようで涼のテンションはかなり上がった。
登る間、色々な話をした。
柚の家族のこと。行っている高校のこと。卒業した中学校のこと。その時の友達のこと。新しい友達のこと。近くにあるアミューズメントパークのこと。そこで遊んだこと。
ほとんど柚が一人で喋っていた。思い出を振り返るように、楽しい記憶を時系列をめちゃくちゃにしながら語っていた。
自分の住む街に帰ってこれたことが本当に嬉しいのだろう。
別れの寂しさ、悲しさを抱えつつ、涼は聞きに徹した。
山は昼と夜で姿を変える。
陽を受け入れ、人を照らす昼と、月を拒み僅かしか受け入れず、人を迷わす夜。
危険を知りながら、涼は持っているライトで照らして歩いた。趣味のサバイバルゲームで使うライトで小型かつ五百ルーメンを超える光量を放出する。
「そのライト眩し過ぎない? そんなの見たことないんですけど。一人旅の必需品?」
「サバイバルゲームの必需品。夜戦が多いんだ」
「サバイバルゲーム……そんなのやっている人初めて見た」
呆れてもう何も言わんという表情を浮かべる。
覗き込まないと表情はみえないが、涼には柚の姿が手に取るようにわかった。たった一日の付き合いとはいえ、相当濃密な時間を過ごした。
「一つ言っておくけど、僕は他の人と少しだけ違う感性を持っていると自覚している」
「少しですまないわよ」
「もう一つ言わせてもらうが、浮波も他の人とは違う感性を持ってるからな」
わかっていそうにないから言うがと心の中で付け加える。
涼はそう言ったが、柚は少し図々しいだけの一般人だ。様々な思惑と不可思議な環境に慣れず奇抜な行動をしているから涼には変な奴だと映っている。
「す、少しだけ自覚してるわよ」
柚は恥ずかしそうに俯いた。
思い当たる節があるようだ。
他人と違うと言っても多の集団から抜けることはない。
「それにしても思ったよりも長いな」
「三百メートルほど登るんだから仕方ないわよ。山にしては小さいでしょ」
想定していた高さの三倍はある。
思ったよりも先は長いらしい。
「ま、そのくらいの方が登り甲斐があるか」
「前向きね。一瞬暗い顔をしてたのに」
柚は涼らしいとくすくす笑いながらそんなことを言ってきた。
「俺の顔を観察でもしてたのか? ちゃんと前見ないと落ちるぞ」
「お、落ちないわよ。それに、観察なんてしてないから。星空を見ていたら木下の顔が見えただけ」
あたふたとイタズラがバレた子供のように答えた。
慌て出す柚を見て、涼は大人の対応を取ることにした。
「そうなのか。綺麗か?」
「う、うん、なんだが戻ってきた! って感じ。不思議ね。たった一日離れていただけなのに。
私、帰ってきたんだなぁ」
そんな大げさなと言いたくなったが、実際そうなのかもしれないと思い直す。
涼は今、思い直して、一つ重大なことを思い出した。
(いつから僕たちは家に戻れば浮波の体が元に戻って一件落着すると思い込んだ?
可能性があるから来ただけじゃないか。
ただ、浮波を住んでいた所に連れて行こうと来ただけじゃないか。一時間近く歩いたが、のどかな街という様子を受けただけで、特に何も起きない。
何も起こっちゃいない。家に戻ることが元に戻る鍵の可能性は低い。
そもそも−−−−)
もう少しで着くわよという声に思考を中断された。
上る前の土地の標高もある程度あったため、実際登った高さはそこまででもないように感じる。
「だいぶ登って来たな」
「富士山ほど高くはなかったでしょ」
「よく僕が登ったことがあるってわかったな」
「勘よ。女の勘はすごいんだから。ま、活動的なあんたなら一度は登ったんじゃないかなって思っただけよ。登るの面白そうだな、とか言って」
涼のモノマネをしているつもりらしい。完成度はよろしくない。
だが、言っていることはまさにその通りだった。
「面白そうだから登ったのはホントだ。実際面白かったよ」
「やっぱり」
柚は得意げに言った。
当たったことが少し嬉しいのか、鼻歌を歌い出した。流行の歌に詳しくない涼でも知っている、登山をテーマにした大ヒット映画のサウンドだった。
涼は柚を見ながら思う。
(気分が良いようだ。悲観的になられるよりずっと良い。ただ、それが虚勢でないといいんだが)
大事に大事にしている炎は少しでも大きくなったのだろうか。
まだ、柚は自分の全てを使って囲っているのだろうか。
涼の渡した燃料は湿ってはいなかっただろうか。
だいぶお互いのことをわかって来たつもりだが、底が見えない。本当に自分達は心の奥を汲んでいるのだろうか?
また、自分の気持ちも全て把握しきれているわけではなかった。
後十段と少しで頂上だ。
一歩一歩今日のことを思い出しながら登っていった。
砂利道は少しだけ涼の歩みを妨げる。
それでも確実に距離は縮んでいく。
木を縫うようにやってくる風も、涼の足取りを止めることはなかった。少しだけ体温を持って行っただけだ。
そして、涼達は頂上の展望台に辿り着いた。
「絶景だな」
その一言に尽きる。
満点の星々、その星と同じくらい輝く地平線の先にあるビルの光。各地で点々と光る民家の光。ほどよく闇が散りばめられる田舎だからこそ実現した光景なのだろう。
人と自然が一体化した世界というのはどちらにも表せない美がある。
自然は、人工物は、互いが協調することによって煌めく。人の心を動かす。
「お気に入りの場所よ。気に入った?」
「もちろん」
気に入らないわけがない。
往復で三千円を超えるほどに遠いが、毎月通いたいと思わせられた。
「少しだけここで休む?」
目を奪われた涼を気遣ってか、全く疲れていないであろう柚が休憩を提案する。
「そうだな。三十分でいいから堪能させてくれ。あ、一枚写真撮らせてくれ。柚が映っている写真が欲しいんだ」
次回
柚の家で…