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妖精の住処  作者: 速水零
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久しぶりの外の世界

あらすじ

姫間違えて柚を持って帰ろうとした

 姫は早く帰ることに頭がいっぱいで涼の静止の叫びが聞こえない。


 いつもの行儀の良さとは打って変わって姫は靴のかかとを潰しながら玄関の扉に手をかける。


 そして、涼が追いつく前に姫は外へ飛び出した。


 涼もサンダルを履いて姫を追いかける。


「姫!!」


 朝姫が涼を呼んだ時の三倍は大きい声量で姫を呼び止める。


 慌てていた姫も涼の叫びが聞こえ、足を止める。


「な、なに、涼お兄ちゃん、そんなにあわてて!」


 聞いたことのない涼の叫びにビクリと震えて恐がる。


 今まで涼がここまで姫に声を荒げたことは一度としてない。


「大きな声を出して悪かった。姫、急ぐのは仕方ないけど、柚は置いて帰ろうな」


 思わずやり過ぎたと反省した涼は声を鎮める。


 涼からは柚の顔が見えないが、きっと鹿と出会った時ほどの恐怖を抱いていることだろう。


「あっ!? ごめんなさい!! 柚もってきちゃった!! はい、返すね」


 姫は涼のモノを勝手に持ち出してしまったことに気がつき、慌てて涼に投げ返す。


 行儀が良くて優しい姫でもまだ子どもだ。モノを投げることはある。


 涼にとっては血の通った生き物でも、姫にとってはただの無機物の人形だ。


 つい、焦ってやってしまった。


 そして、それを悪びれもしない。酷いようだが、涼以外からすればつい投げてしまっても仕方ないと思うだろう。


 柚は見た目通りとても軽く、姫でも簡単に放ることができる。


 緩やかな弧を描いて柚は涼のもとへと飛んだ。


「……っっっ!!!」


 思わず声が漏れそうになるが、柚は必死に堪える。


 強く握られ、勢いよく放られれば体にかなりの衝撃がくる。


 涼は絶対に落としてはいけないと両手で優しく受け止めた。


 柚の顔を覗き込んでみると顔が青ざめていた。猛獣の檻に放り投げられたように震えている。


 まさしく、柚にとってこの外の世界は、猛獣が闊歩する危険地帯なのだ。


「コラ、姫。大切なお人形を投げちゃいけないだろ」


「ご、ごめんなさい!! 柚、だいじょうぶ!?」


「ああ、大丈夫だから、反省したらもう柚を投げたりしないように注意しな」


「はい……」


「じゃあ急いでいるんだろ。早く茜ちゃんの家に行ってきな」


「うん、わかった!! またね、涼お兄ちゃん!」


 姫はしっかりと反省し、再び駆け出した。


 本当はもっとしっかり言い聞かせたい涼だが、これ以上柚を外に出させておくわけにはいかないので、姫をさっさと帰らせた。


「大丈夫か、柚」


「……う、うん。凄く恐かったけど、今は少し平気」


「そうか……どうだ? 久しぶりの外の世界は」


「い、いきなり過ぎて実感が湧かないわよ。でも、夢に出てくるほど酷くはない」


 キャンプから帰って以来、柚は何度も猛獣に襲われる悪魔に苛まれていた。


 しかし、涼の家の庭だと思うとそこまで恐くはなかった。


「それは良かった。周りを見渡せるか?」


「……ううん、流石にそれは無理」


「一応ここは僕の家の中でもあるけど、それでもダメか?」


「………………」


 柚は黙りこくって深呼吸する。


 涼はてっきり今すぐ家の中に入ってと怒鳴られると思ったが、そこまで酷くはないようだ。


(早く家に返してやりたかったけど、今はここの空気に慣れさせるほうがいいかもしれないな。柚には悪いが、これは大きな一歩だと思う。今度姫には礼にご馳走を振る舞おう)


 かれこれ十分は同じ体勢でじっと待った。


 柚は目を閉じてずっと深呼吸を続けている。


(…………久しぶりに風を感じる。


 やっぱり夏は暑いのね。熱中症になりそう。涼の手も熱いし。


 ……でも、思ったより心に余裕がある。


 この中だったら安心していられる。


 セミの声が凄くうるさい。


 きっとセミも大きいんだろうなぁ。


 姫の家からルルの吠える音が聞こえてくる。


 キャンプに行く前に見た時は食べられると思ったわね。本当に大きくて、魔獣って感じ。


 あの子にも会いたくないわね。


 だけど、周りから聞こえる音はそれだけ。


 どれも涼が隣にいれば恐くない。


 そうだ。私が昔涼と外に出て行った時もこんな風に感じたことがある。


 初めて涼と出逢った時だって、私はいろんな大きな生物たちに恐怖を抱いていたけど、涼の服の中にいたからサファリパークを見学するように安心していた。


 今もそう。


 涼の手の中にあるから恐くても、震えるほど恐ろしいと感じても、心のどこかで余裕がある。


 ここが私の住処なんだなぁ)


 震えが止まった。


「涼、ほんとにもう大丈夫」


「そうか……」


「ねえ、私に涼の庭を案内してよ。涼が買ったバイクだってまだ一度も見たことないし、今までこのうちの庭をまわったことないもん」


「……わかった。本当にいいんだな」


 柚の言葉に驚いて言葉を失ったが、気持ちを切り替えて尋ねる。


「ええ、その代わり、しっかり私を守ってよね。涼お兄ちゃん」


 いつものように柚は軽口を叩く。


「なんだ、その呼び方気に入ったのか? しょうがない。涼お兄ちゃんが庭を案内してやろう!」


 柚の声音を聞いて本当に大丈夫なんだと安心した涼は、同じくいつものように軽口を叩き、柚に自分のバイクを自慢してやろうと思った。

【妖精の住処】というタイトルの半分は達成しました。

どの状況で完遂できるかはまあ、分かりますよね?

でも、まだこれでこの章が終われるほど甘くはありません。あともう一歩!


次回

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