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妖精の住処  作者: 速水零
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妖精への脅し

あらすじ

インカム買ってもらった

 バイクを納車しに行ったのは夏休み始めの休日で、まだまだ夏休みは始まったばかり。


 夏休みは50日ほどあるが、どう過ごすかまだ涼は決めかねていた。


「柚は夏休み関係なく引きこもるから、今後の予定とか立ててないだろ?」


「失礼ね。これでも色々と考えているのよ」


「ほう、例えば?」


「……今日はこの前友達がオススメしてくれた映画を観ようと思っているわ。明日は……面白い漫画を読みたいわね。明後日は今SNSで話題になってるアニメを観ようかしら」


「なるほど、遊ぶ予定は立っているわけか」


 そう言うと柚は恥ずかしそうに俯いてアイスミルクティーを啜る。


 生活費は全て父親が払っているので涼の家中ガンガンにクーラーが効いているので夏の暑さは全く感じない。それでも夏の雰囲気は漂ってくるのでアイスコーヒーやアイスティーが飲みたくなる。


「そうよ、悪い!?」


「別に、悪くはない。楽しそうで羨ましい限りだ。僕も特に予定は立ててないが、せっかくバイクを買ったんだし、慣らしは終わらせたいな」


「涼は無計画だからね。予定立ってるって言われた方が驚きよ。でもなんで急にそんなこと言い出したの?」


「特に理由はない。ただ気になっただけだ」


 計画は立てていないが、やりたいことはある。


 この夏は柚のPTSD治療に焦点を当てるとずっと前から決めていた。


 有効打は見つかっているが、決定打がない。


 様々な角度から攻めていこうかなと考えていた涼だが、魔物の討伐じゃないのだから一気に方を付ければ良いというものではない。勉強嫌いな子に宿題を押し付けすぎると反発して意固地になるアレと同じだ。


 しかし、状況が悪いというわけではない。


 初期は外のことを想像するだけでも恐怖し、酷い時は玄関の想像ですら体が震えていたが、期末試験を終えて普段通りの生活を取り戻した今、柚は少し前向きになってきている。


 これは【外に出掛けさせたい欲求を増長させる】という有効打を時々叩き込んでやった成果でもあるだろう。


 夏休みの予定を考えさせたら微力ながらもまたもう一歩前に進めるかと期待しての質問だが、時間を開けるほど柚は部屋での過ごし方を身につけていくことが判明した。


 柚がアニメを観ている姿なんて涼は数度しか見たことがない。それを新しいジャンル開拓しようだなんてオタクへまっしぐらに進む行為だ。涼は中学生の頃、近しい友達がこれ面白そうかも、と言って見始めたアニメの影響でオタクになっていく姿を横でずっと観察していた。


 今の柚はあの頃の奴にソックリだ。


 確かに、現在柚の治療は順調かもしれない。だが、このまま時間を浪費していけばしていくほど柚はオタクになっていき、引きこもり能力を格段に上昇させてしまうだろう。たしか柚の姉は重度のオタクらしいから素質もあるはず。危ない。


(時間を空けて有効打を与えなければならないのに、開けすぎると攻略不可になる。なんて理不尽な敵なんだ、柚! ……流石にその物言いは失礼か。でも面倒なことになっているな。これでコミックマーケット?とかに出掛けたいなんて方向になれば逆転勝ちかもしれないが、絶対ネット販売で同人誌を漁るタイプになるだろうな。

 さて、せっかく夏休みの予定の話をしているのだから、ちょっと違った角度から攻めるか。賭けみたいなところはあるが、このままはマズイ)


「……そう、でも聞いてくるってことは何かやりたいことはあるんじゃないの?」


 どう話を戻そうかと思っていた涼だが、柚から会話を続けてくれるのはありがたい。


「ああ、去年はバイトを入れる日を決めて空いた日に遊ぶって形にしていて、結構上手く行ったから今年もそうするんだが、二週間とか遠出するとなると流石に計画を立てなきゃいけないだろ?」


「に、二週間!? そんなにずっと旅するわけ!?」


 柚が驚いているのは涼の体力ややる気ではなく、自分の生活についてだろう。涼の家は涼のガジェットオタクの影響をモロに受けており、スマートスピーカーやスマホで様々な家電を動かすことができる。問題となってくるのは食料だ。


 三泊くらいなら生活できるが、二週間となるとかなり厳しい。


「高校の間にやりたいと思う。流石に受験生の間はできないからチャンスはこの夏休みと冬休み、最悪次の春休みだけだ。早ければ早いほど良いから今計画立てるのも悪くない」


「……うん、そうね。……ねえ、そ、その時は私の食事とかどうするつもりなの?」


「そりゃ冷凍食品とかカップラーメンとか野菜ジュースとかになるんじゃないのか? 簡単に作れる環境は整えるさ」


 当然二週間もの間冷蔵庫に食事を入れておくことは危険だ。できても柚には調理が難しい。特に火を扱うのが鬼門だ。


「…………そうなるわよね」


 柚は涼と生活し始めてから美味しい料理ばかり食べてきて、ジャンクフードはほとんど口にしてこなかった。たまに食べるのは美味しいが、ずっとそれだけというのはかなり抵抗がある。健康や肌に悪いこと間違いなし。嫌だ。


「僕は柚の生活を考えているし、極力負担なく過ごしてもらいたいとは思うが、だからと言って僕が本当にやりたいことの阻害はさせない。これから先一ヶ月の短期留学に行ったりするかもしれないだろ。長期間僕と離れるということはそういうことだ」


 以前、柚に外に出るように攻め立てたことがあるが、あれとは少し違う追い込み方をする。


 柚はもとから涼がいなければ生きていけない。


 そして、涼の家の中でなければ生きていけない体になった。


 残酷な話だが、それに涼が縛られなければならない理由はない。


 こういう束縛は涼が最も嫌いな縛り方だ。


 柚もそう言われて身の危険を覚える。涼の言葉を言い換えれば、自分の楽しみを邪魔するのならば殺す、と捉えられる。いや、そう捉えてもらう言い回しをしている。


 そしてこれは脅しではない。お人好しの涼だが、人生を左右する行為まで阻害されて黙っていられるわけがない。


「…………………」


 柚は黙りこくった。


 頭の中では様々な感情が渦巻き、心は荒れて、体は激しく震えている。


 このままでは遠くない未来、自分は外に捨てられる。そんな想像ばかりが頭を支配する。


 柚は頭を大きく横に振って、涼と一緒に外に旅に出る姿を想像してみた。


 写真で見せてくれた新しいバイクで野宿しながら二人日本中を走り回っている。伊豆キャンプの時のように二人で焚き火を見ながらゆったりと語り、次はどんなところに行くか話し合っていた。


 想像してみると前ほど恐いという感情は薄れていることに気がついた。


 だが、伊豆キャンプの焚き火の後のことが突如フラッシュバックする。


 目の前に自分の何百倍も大きな獣が立っていた。その瞳だけで自分の顔よりも大きい。


 ジッと獲物を見つめる鋭い視線が体を貫く。


 隣に涼はいない。


 助けも呼べない。


 逃げることもできない。


 泣き叫ぶ事すらできず、金縛りにあったように体は硬直する。


(ああ、久しぶりに思い出したわね、この感覚。なぜか外に出ることくらいはなんとか思い浮かべられるようになったけど、最後にはあの瞳が私を支配する。私がファンタジーの妖精で冒険をしているのならあの鹿を倒してトラウマを乗り越えるのでしょうけど、そんなの無理に決まってる。魔法なんて使えないし、足遅いし、力無いし、簡単に死ぬ。

 でも、いずれは私も外に出られるようにならないと、涼は本気で私を切るかもしれない。そうなったら生きていられないだけじゃなくて、辛い。好きな人に捨てられるなんてこの上ない苦痛。涼はわかってないでしょうね。

 これは脅しなんかじゃない。今は無理でも私はあの獣の恐怖を乗り越えなきゃいけない。倒せなくても、涼がそばにいれば大丈夫、と思えるようにならなきゃいけない。

 それに……ずっとそばに居られるのは役得かもね)


 涼は柚の恋心を知らない。


 考えもしていない。


 だからこそ、涼はなぜ有効打が有効打足り得たかを誤解しているし、決定打の予測ができない。


「わかっていると思うけど、マジな話だ。ま、まあ、僕が柚を殺すような真似はしないから安心しな。最悪小さくて頑丈なおうちセットに閉じ込めて運び出してあげるからさ」


 柚が青い顔しているのを見て、涼はこの方法は失敗だったかもしれないと反省。脅しすぎたかな、夏休み序盤だし、まだこういう攻撃は早かったかな、次はどんな攻撃の仕方がいいだろう、そんなことを考える。


 柚は涼が考えていることが手に取るようにわかって、くすりと笑った。


 少し、涼に陥落させられて外に出るのが楽しみになった。

別に次回って書かれてものがタイトルになるわけではなく、やることの一部やまとめを書いています。

「あらすじ」も「次回」も自分用なのですが笑。

80話くらいで構想はできているから駆け抜けよう!みたいなことを言いましたが、ゆっくり歩いている気がします。この回から走っていきたい!


次回

見当違い

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