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妖精の住処  作者: 速水零
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ブレイクダウン

あらすじ

柚の故郷を案内された(ほとんど街を見ない)

「はい、あーん」


(僕の恋人は小さな小さなお人形。今日は二百キロ北上してデートをしている。お腹空いたという声を聞いて僕らは二人でファミレスに入った。僕には彼女が何を思っているのか手に取るようにわかる。


 だって恋人だから。


 誰もが僕と彼女に視線を向けては交互に見渡した。カップル来店というのは大変だ。


 小さな彼女をテーブルの上に僕と対面するように下ろしてやる。いつもは胸ポケットが定位置でいつも一緒に互いを感じているけど、こういうときは互いの顔を見ないとね。


 トマトスパゲティとコーヒー。彼女にはオレンジジュースを。


 店員さんが困惑している。彼女にも何か食べて欲しいけど強制出来ないと歯痒い思いをしているのかな? アルバイト店員は売り上げなんて関係ないはずだけど、この人は店を大事にしているようだ。


 彼女の意向を聞いてみるとする。大きくてぱっちりした黒眼が僕を捉えて離さない。小さな薄紅色の艶やかな唇から鈴の音のような心洗われる声が発せられる。『涼、私ピザが食べたいな』と言ってきた。もちろんお人形のお口は動くことはない。


 赤の他人が見れば。


 愛し合う僕らだからこそ伝わるし読み取れるのだ。


 彼女に店長オススメピザを追加でお願いします。


 心を揺らされた僕は少し高いが、彼女の希望を聞いてピザを注文することにした。


 それでも店員さんの顔色は変わらない。むしろ悪くなっているようだ。不思議なこともあるものだ。


 チェーン店なだけあって味は変わらないが、彼女、柚と食べるというだけで三つ星をあげたくなるほど美味しく感じられた。


 家族と食べればそこらの草でさえご馳走になる。確かこんな言葉を宗教関係を取り上げた英語の長文読解で読んだことがあるが、まさにその通りだ。


 僕はスパゲティをほんの少し切って柚に差し出しながら再び言う)


「はい、あーん。

 モグモグと周りに見つからないように小さく上品に食べる柚の姿に、僕の心は癒される」


「木下、正気に戻って!」


「柚が何か言ってる。僕のあげたスパゲティがそんなに美味しかったのかな?」


「木下! 木下!」


「どうやら感想じゃないようだ。もう一口ってことかな。

 そうでもないようだ。あまりよく聞こえない。モールス信号や手旗信号でも送ってくれないかな。救難信号はこういう時にも役に立つ。

 ま、仕方ない。得意じゃないけど読唇術というのをやってみよう。この前本でやり方を学んだんだ。

 しょうきになれ?

 勝機?

 いや、正気か。正気になれ。正気になれ。正気になれ……あッ!」


 涼は目を見開いて驚いた。


 その様子を見て柚は安堵した。


「大丈夫? ホントに」


「もう…大丈夫。自分の状況を理解した。僕は正気を失っていたんだな」


「全部考えてたこと口に出てたわよ。もう一度聞くけどホントに大丈夫?」


 ここまで柚に心配されるとはかなり危ないところまで行っていたのかもしれない。


 涼は記憶を映写機のように流してみる。


 出した答えはたった一つ。


「…………頼む、何も言わないでくれ」


 震える身体を心臓に手を当てて落ち着かせる。


「う、うん。わかったわ。……私も見なかったことにする」


 柚は首を動かさず視線だけを窓へと逸らして小さく呟いた。一時的に鋭敏になった涼の聴覚はしっかり柚の声を聞き取った。


 柚は罪悪感に襲われていた。


(まさかあそこまで心が壊れるとは思わなかった。木下に悪いことしたなぁ。もう我儘は言わないようにしよう。柚って呼んでくれたのは少しだけ嬉しかった…かも。でも、これからもそう呼んでとは言えない。それを言ったらここで別れることができない。私たちは本来出会うことも話すこともなかったんだから。住んでる世界が違う。ここでじゃあねをしないといけない)


 全てが終わった後、ネットで繋がることができるのだから会うことだって難なくできる。だが、二人はそれはなんか違う。そう思っていた。


 ここでお別れしないといけないと思っていた。


「頼んだピザ食べられるの?」


 心配そうに尋ねる。無論本当に心配しているのは食べ残しなんかじゃない。


「もちろんいける。男子高校生を舐めない方がいい。これから彼氏に奢るなんて軽々しく言わないが吉」


「彼氏に奢るなんてシチュエーションは来ないわよ。させないわ」


 なぜか柚は胸を張っている。


 人形みたいな体格であっても一つ下の女の子。小さくない胸のラインを強調する格好に涼はドキッとした。


 女の武器はいつでも男を狩れるのだろう。無意識下においても。


 男は女の武器を防ぐ盾を持たない。理性の鎧は容易に肌へ凶器の侵入を許す。


「それは相手が大変だ。ま、僕も彼女ができたら奢ってやることはあっても奢られるつもりはないな」


「木下は男女平等であるべし! 奢らないなんて傲慢だ! とか言うのかと思ってた」


 柚は意外そうな表情を浮かべた。


 いろんなことを理詰めする涼なら男女平等を謳い、様々な女子の特権に文句をつけると柚は思っていた。


 涼はかぶりを振って否定する。


「僕はカッコいいクールな男ってのに憧れてるんだ。レディファーストにも、男が女に奢る風習も、男だからやれ!ってあれも認めている。そんなことにぐちぐち言う男はカッコ悪いからな。「裏切りは女のアクセサリー。それを許すのが男の仕事だ」って誰かがいっていた。ただ、映画館のレディースデーは理不尽だと思う。それだけは許せない」


 饒舌に語ってしまった。よっぽど思い入れがあるらしい。


 涼は人に話したことはないのだが、スラスラ出てきた。


 涼は、物語の主人公に憧れを抱いている。


 涼の目指す彼らはいつでもカッコよかった。信念を持っていて、自分に正直で、誠実で、人を赦し、人の為に罪を被ることも厭わなかった。人の前で弱味を見せず、時に虚勢を張り、影で泣いていた。その一つ一つに心を動かされていた。


 涼はまだ、少年であった。


(それに、彼らの生活は僕の生活よりもずっと明るく、退屈しないのが羨ましい)


「そんなこと考えていたのね。本当に意外。意外すぎて笑ってやることもできなかったわ。やっぱり木下みたいなやついないわよ。面白い」


 ボーっと聞いていた柚は一転してハハハッと笑い出した。馬鹿にしている様子は見受けられない。


「面白いは失礼じゃないか? 大真面目に答えたのに。というか、あまり動かないでくれ、もうこの視線にも慣れてきたところだが、小人だってバレたらまずい」


 タフなのか脆いのか柚には分からなくなってきたが、涼が優しいことだけはわかる。


 こんな自分の我儘に付き合ってくれるのだから。


「小人だってことはやっぱり私が縮んだってことよね?」


 柚が再確認するように言う。一気に現実に戻されたから、また不安に駆られたのだろう。


 昔から行きつけのファミリーレストランだと柚は言っていた。そんなところに来たら感情も簡単に揺れる。


(ってダメダメ。木下に弱みを見せちゃダメよ。不安でも明るくしてないと涼をもっと傷つけちゃう。ここまでいろいろしてもらって何も恩返しできてない。私には、何もできない。だからせめて負担にならないようにしなきゃ。あと少しなんだから、頑張ろう)


 柚の内心に気が付かない涼は、「そうじゃないって」と首を振って否定する。


「相対的に小人って意味だ。本当に縮んだかわかる方法がある。これで僕らが大きくなったか、浮波が小さくなったかはっきりする。思いつかなかった自分を殴りたい」


「どうするの?」


 そんなことできるのか? そんな目を涼は向けられた。


 自分が小さくなった、大きくなれなかったか。はっきりするのだ。どちらにせよ大きな違いはないが、気になる。


「光を使う。光の速度は常に一定。光速を測る実験を逆に利用するんだ。世界が定めた一メートルが大きくなったか、そのままかが一発でわかる」


「なるほど! と言ってあげたいけどなんとなくと言った具合ね。だけど、光速を測るなんて実験できる?」


 頭のできは悪くない柚だが、まだ中学校で習った理科以上の知識はほとんど持ち合わせていない。


 理系一辺倒の雑誌を愛読したり、先に高校物理を勉強している涼の考えていることが十全に伝わることはなかった。


「すぐにはできない」


 測り方は様々だが、この場でできるほどお手軽なものじゃない。


 そもそも、地球ごと大きくなったら重力は何百倍も大きくなる上、公転軌道にも大きな影響が生まれる。人間の構成要素で生存することは不可能だ。血の循環がままならないどころの話じゃない。必然的に柚が小さくなったと導き出せるが、このことに涼達は気がつかない。


「じゃあ意味ないじゃない」


「ま、そうだよな。期待持たせて悪かったな」


「いいわよ」


 二人の会話が途切れたところで、涼はピザの残った一切れに手を伸ばす。


 食後のコーヒーに舌鼓を打った後、引きつった笑みを浮かべた店員に見送られてファミレスを後にした。 

次回

柚の提案する最後の寄り道

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