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妖精の住処  作者: 速水零
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段ボールに住む人形

山稜から太陽が僅かに顔を覗かせる頃、目覚まし時計が奏でる不快な金属音に脳を揺さぶられ、木下涼は目を覚ます。頭上にある目覚まし時計の所在を手探りで探し、叩きつけるように目覚まし機能を停止させる。


ぼやけた視界をクリアにしようと目を擦りながら自室を抜け、洗面所に向かう。


春真っ盛りとはいえ洗面器に流れる冷水は涼の意識を覚醒させるほど冷たい。バシャバシャと顔に水を浴びせ、ニキビ予防を強く推している洗顔クリームで顔を洗う。思春期真っ只中の涼はニキビを気にしている、ということではなく、ただ目に留まった商品を買ったにすぎない。無論、涼もその辺りに全く関心がないわけではないが、そこらの男子高校生ほど意識を向けてはいなかった。


自室に戻り、寝間着を脱ぎ捨て、インナーウェアにサイクルジャージを着込み、棚から取り出したサイクルグローブをはめる。


玄関に立て掛けてあるTREKとプリントされたロードバイクとともに家を出る。全貌が明らかになった太陽の光を背に、今日も涼は自転車を漕ぐ。


毎朝、涼は一キロ先の河川敷のサイクリングロードを二十キロ下流の方へ走り、また二十キロ上流に向かって走って帰宅する。フルマラソンとほとんど同じ距離を涼は一時間半ほどの時間で走破する。


朝日を浴びて川沿いを何にも邪魔されずに走れるこの時間は、涼にとっては欠かせない。 風を切る感覚に涼は支配されていると言っていい。法に縛られない中毒に犯されているとも言える。


(今日も天気は晴れてて体の調子も悪くない。良い一日になりそうだな。

ただ、桜の花びらが舞っているというのは春を感じさせて心地良いけど、目に当たったり、視界が妨げられたりと若干迷惑だな。スリップする原因にもなるし。

ま、そろそろ桜も散る頃だし、目に焼き付けておくとするか)


涼がサイクリングをする時、正確に言うなら一人でいる時、大抵くだらないことを永遠と考えている。友達や話し相手が少ない涼が自然と身につけるスキルだ。習性とも言える。時間を潰すことに関して苦になることはないし、数少ない人を待つ時にも重宝する便利だ。より独りになりやすいという欠点があるのが少し悩ましい。


あたりに咲くソメヨシノからヤマザクラ、緯度と開花時期の関係性、中学校で習った理科の授業、担当した理科の先生へと考えを進めていくと、道に捨てられた空き缶を見つけた。


こういうものを見ると、気分がいい時に限って回収する。今日は気分がいいため、涼は空き缶をそこらの自販機横のゴミ箱に捨ててやろうと自転車から降りた。


(ストロングゼロか。酔っ払いが勝手に捨ててったものだな。気分がいい僕が通ったことに感謝してもらいたいな。

ん?

缶のそばに草むらに隠れるようにダンボールが置いてあるな)


缶を拾おうと屈んで見ると、自転車に乗っている間は気がつかなかったが、少し泥で汚れたダンボールが落ちていた。昔の漫画によくある『拾ってください』という文字が直接油性ペンで書かれていた。


まさか子犬でもいるのか?と中を覗くと、女子高生をモデルに作られた見たことのない制服を着込んだ人形が1体、眠るような姿勢で置いてあった。


透明感のある暗髪カラーのセミロング。舞う桜の花びらがくっついたのではと思わせる薄い桃色の艶やかな唇。制服の上から伺えるのは、発展途上ながらしっかりと女へ成長していることを主張するスタイル。市販化されるのも納得という出来栄えだった。


あいにくアニメや漫画の類に詳しくない涼には、何の人形か見当もつかない。


じっと眺めると人形特有の光の反射がないのに気がついた。合成樹脂で作られる人形はいくらか光沢を持つはずだ。


不可解に思った涼が恐る恐る触ってみると、



人肌の感触があった。



悲鳴をあげそうになるのを理性が止め、倒れようとするのを体幹が阻止した。結果不自然にのけぞった変な高校生が出来上がる。端から見たら怪獣の真似をする頭のおかしい青年に見える。


自分を客観視できないほど涼の頭は疑問符で埋め尽くされていた。


文字を追う側はファンタジーの始まりに捉えられるのだろうが、当事者にとってはホラー以外のなにものでもない。悲鳴をあげなかった涼を褒めるべきである。

本当に人肌であったのか確かめるようにもう一度触ってみると、やっぱり肌の感触がある。これは夢だと思いたいが、そこに逃避することを理性は許さなかった。涼が朝目覚めたと自覚してからこれまでの道程に否定された。


(間違いなく、これは現実だ。こんなリアルな夢があるわけがない。頬をつねって見るまでもない。まずは状況整理だ)


周囲を見渡し、自分のいる位置、ファンタジーに出てくる小人のような人形サイズの少女、あたりの情景を頭に入れる。


現実を受け止め、落ち着こうと深呼吸。


しばらくして、小人の存在を一時的に認めることに成功した。そうなると今度は涼の好奇心が暴れ出し、人形の腹をつまんで持ち上げる。


身長は二十センチほどで、体重はケースを外した小型スマートフォンに匹敵する。


(体重は身長が縮んだ割合の三乗の大きさで縮むと見るべきだ。

構成要素が一般的な人間と同じならそのくらいの重さでなんの不思議はない。

缶コーヒーよりもずっと軽いからかなり違和感があるが、体積は本当に小さいのだろう。

ここまで僕の頭がすぐ働くことを考えるとどうやらやっと落ち着いてきたらしい。麻痺している可能性は否めないが)


理系に少しばかり寄った涼は、その後も好奇心の赴くままつっついたり、抓ったりと観察を続けていると、少女の目がゆっくりと開いた。


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