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パトカーの回転灯が、赤い光を点滅させている。
アスファルトを濡らした赤黒い血だまりには、頭蓋骨の欠片やら中身やらが、派手に飛び散っていた。鼻から上は、原型すらとどめていない。
その女性の身体は、地面との激突の衝撃で大きく損傷してしまっていたが、その白い肌には一面に花のような紅班が浮かび、一部はびらんして血がにじんでいた。
わたしはこみあげてくる吐き気をこらえながら、二倍の濃度に調製した過酢酸系消毒剤を、それに噴霧する。
彼女の口から半分ほど顔をのぞかせた、小さな彼岸花。
極めて危険なやつだ。
だけど。
曝露状態で高濃度の消毒剤を浴びたら、いかに強力な保護膜があろうとも耐えられない。さすがのこいつも、ひとたまりもあるまい。
わたしの仕事はここまでだ。あとは、目の前にある施設、国立感染症研究所に任せよう。自分たちの庭先にまで現れたのだから、彼らにももはや他人事ではない。ずっと腰が引けていたが、これで本気を出さざるを得ないはずだ。
それにしても、こいつ、どうして……。
「ご苦労さん、先生」
考えごとをしているところに声をかけてきたのは、老齢の警察官だった。
胡散くさい風体だが、これでも本庁に名の知れたベテラン刑事だ。いままでに何度か、現場で顔を合わせたこともある。
「こいつが、例のバイキンかい?」
「バイキンって……まあ、そんなものですけど」
ここに来てすぐに、ポータブル顕微鏡でそれは確認している。まちがいなく、MDRP・strain・NL1だ。
「俺はくわしくないんだが、こいつは本来、人間の腸にいるやつなんだろう?」
はい、とうなずくと、刑事さんは、気に入らねぇな、とつぶやいた。
「じゃあなんで、ホトケの口元にくっついていやがるんだ?」
そう、わたしが気になっていたのも、そこだ。人間の体内にあっては猛威をふるうこいつも、体外に出てしまったら脆弱で無力だ。だが、こいつが体外に出てくることなど、ほんとうならありえない。そもそも、こいつのフローラは、移動するようなものではないのだから。
「なあ、このバイキン、宿主が死んじまったら、自分も死ぬんだよな」
「そうですよ」
「だったら、もしかしてこいつ、逃げ出そうとしてたんじゃねえのか」
ありえません、と口にしかかった言葉を、わたしは飲み込んだ。
刑事さんの発想は、あまりに突飛だった。だが、だからこそ、専門家では思いもつかない柔軟さを持っている。それに、そう考えれば、つじつまが合うこともある。でも、もしそうなら……。
わたしは、背筋が凍り付くような恐怖感に襲われた。
スマホを取り出して、すぐに上司に連絡をとる。
「MDRP・strain・NL1について、無視できない可能性があります。至急、調査と対応をお願いします。はい、おそらく、最悪の事態です……」