表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

病室にて

病室にて -妹、襲来- -終-


「兄には中学時代、大変仲が良かった男の子がいたんです。」


「そうなんだ」


そんな話は聞いたことが無かったな。


「兄は彼といつも放課後遊んでいて、まるで本当の兄弟のようでした」


「私も偶に兄と彼の中に混じって遊んだこともありますが、とても優しくて、面白い方だなと思っていました」


本条の妹はどことなく辛そうにしている。


「そんな彼が2年前......兄が中学3年の時です。行方不明になったんです」


「行方、不明......?」


僕は舌の根が乾くのを感じた。


本条の妹は、コクリと一度頷く。


「結構この辺りでは大きなニュースになったのですが、本当に何の前触れもなく消えたそうで......」


「兄はその日も彼と会って遊んでいて、警察から事情聴取も受けていました」


「でも一番親しかった兄ですら、何故彼が消えてしまったかは分からなかったそうです」


「すいません。急にこんな話をしてしまって」


本条の妹は本当に申し訳なさそうに、俯いていた。


「確かに......変な話だね。これは」


僕は気持ちの整理がつかず、天井を見つめていた。


この話をどう捉えたらいいんだろう...


(あまり人に言いふらしたくなる話ではないよな)


本条はきっと辛い思いをしたんだろうな。あいつは友達思いだから。


僕は去年こっちに引っ越してきたから、当然そんな事件があったことを知らない。


そして、そんな話をしているクラスメイトにも会ったことはなかった。


...ああ、でも。


滝本がこんなことを言っていたのを覚えている。


あれは去年の4月だ。高校入学して間もなく僕と本条は仲良くなった。


そんな僕らが、休み時間に漫才のような掛け合いをしているのを、滝本が笑って見ていたことがあった。


滝本は大笑いしながら、こんなことを言った。


"本条。それがお前の新しい相方か?"


そう言われた時、本条は黙りこんで滝本を怒ったような目つきで見つめた。


滝本はバツが悪そうに、本条に平謝りをしている。本条は"別にええよ"と返していた。


僕はまだ本条のことも、滝本のこともよく知らなかった。


だから、その場は何も言いだすことはなく、"本条には昔仲が良かった奴がいたのか"ぐらいに思っていたのを覚えている。





「......どうしてその話を僕にしたの?」


僕は本条の妹に尋ねた。


「それは......彼と貴方が似ている気がしたからです。」


彼女は顔を上げて僕の方を見た。


「私、兄に写真を見せられたときに感じたんです。...顔つきや体格は勿論少し違いますが、何だか印象が似ているなって」


「今日実際に会ってみて......やっぱり似ていると思います。貴方は、彼と」


「今日はそれを確かめに来たんです。私」


本条の妹は立ち上がる。


「今日はちょうどその、―――彼がいなくなった日なんですよ」


彼女がそう告げたので、僕は今日、本条が来なかった理由を何となく知ることになった。


彼女は深くお辞儀をした。


「今日はいきなり訪ねてきて、こんな話をしてしまってごめんなさい」


「いや、いいんだよ。それよりひとつ聞きたいんだけどさ」


僕は今胸に渦巻いているこのぐるぐるとした変な感情を、なるべく目の前の彼女に悟られないようにしなければと思う。


ただ、この感情を内に留めておくのは少し危険な気がする。


だって彼女が帰ったなら、今からまた一人ぼっちの病室なのだから。


「僕は、その、彼の替わりになれているのかな.....?本条にとって...」


発せられた言葉は眩暈がするくらい、汚らしく感じた。


自分の醜い一面が顔を出した。しかも友人の妹に対して。


依存的で自信がなくて、ダサくて子供じみている。


僕はすぐに後悔して、顔を伏せた。


「いや、ごめんね。だって、急にそんな話をするから......」


言葉を発すれば発するほど、沼に嵌っていく。


さっきいいんだよって、僕は言ったじゃないか。それをすぐに本条の妹のせいにして。


どうしようもない沈黙が僕と彼女の間に訪れた。それはどこか僕を慰めるようで心地よくもある。


「......私は、貴方と彼は似ていると思います。そして、貴方と兄も似ていると思うのです」


「貴方が兄を必要とするように、兄も貴方を必要としているのだと......」


「私は、貴方が羨ましくて少し意地悪なことをしてしまっているのかもしれませんね」


そう告げると本条の妹は鞄を開いて、ごぞごそと中を漁っているようだった。


やがて、僕の目の前に手が差し出された。




その手には飴玉が載せられていた。



僕はそれを恐る恐る手に取った。


「なんで...飴?」


「兄なら、これで機嫌が直ります」


「.....それはちょっと子供すぎないかな?」


「兄は馬鹿ですから」


「それは知ってる。それで、僕も馬鹿扱いかよ」


「"兄と貴方は似て"いますからね」


「そこは一緒にしないで。僕はあいつほど馬鹿じゃないよ。...まあでも、ありがとう」


僕は年下の女の子に気を使われて少し情けないなと思う


そして、彼女は兄思いで、優しい女の子なんだなぁと思えた。


立ち上がって鞄を肩にかけている彼女を見て、ここを立ち去ろうとしているのが分かった。


「今日はもう帰るつもり?」


「ええ。ひょっとして、もう少し居てほしいですか?」


「いや、今日はなんだか情けない姿を見せちゃったから、一人になりたいよ」


「そうですか。それは残念です」


本条の妹は浅く頭を下げた。


「また、遊びに来てもいいですか?」


「いいよ。いつでも来てよ。妹さんが明日から本条の替わりに毎日来てくれたっていいくらいさ」


「そんなこと言うと、兄が拗ねますよ」


「拗ねてるくらいの方が静かでいいよ。いつもちょっとうるさいくらいだし」


僕はその場で背伸びをした。ちょっと背中や肩が張っているのを感じる。


「あの、それと...」


本条の妹が少しもじもじとしている。


「ん?どうしたの」


「"妹さん"って言い方がちょっと...」


「あ、え、ごめん。気に入らなかった?じゃあどうしよう。」


君?あなた?うわぁ、分からない。


僕が考え込んでいると、本条の妹がくすくすと笑った。


「普通に下の名前で呼んでください。」


「え?」


「私は(かなで)って言います。音楽を奏でるの"かなで"です」


「かなでちゃんか...」


本条(ほんじょう) かなで


目の前の彼女の端整な顔立ちと、発せられる雰囲気はその名前に良く似合っていると思えた。


最初はどこか暗い印象を受けたが、話してみると優しくて、真面目で、しっかり者の女の子だ。


「いい名前だね」


僕は素直に伝えた。


「はい。私も気に入っています。」


彼女はにっこりと笑った。


(こんな可愛い妹が僕も欲しいなぁ)


少なからず本条に嫉妬を覚えた。


「あっ、そうだ。そしたら、ぼくのことも普通に名前で呼んでくれてかまわないよ。」


本条は僕のこと、"お前"とかで呼ぶから、なかなか呼ばれることは少ない。


「僕の名前は――――――」










病室にて -妹、襲来- -終-













評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ