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死にたいのに死ねない男  作者: 居も県費
3/4

ダンディ・ミステイク

「君が、小此木啓二だね」

 

 ベッドの上で途方に暮れていると、野谷さん達が知らない男性を連れてきた。白髪交じりの髪は後ろにまとめてあるが、所々撥ねていて少し不潔な印象を受ける。だが、やや垂れた目や落ち着いた声などが、それすらも“優しいおじさん”という雰囲気を助長していた。


「実はだね、君に頼みたい事があるんだ。ああ、自分はここの部長の笠野木という者だ。よろしく頼む」

「えっと、よろしくお願いします」

 言葉遣いは丁寧だが、どこか砕けた印象を与えるその言葉遣いに、どことなく親近感を感じ、思わず心を開きそうになる。だが、俺は知っているのだ。警戒心を抱かせないような言葉を使うようなやつは、警戒するに越したことがないということを。

 

「まぁ、そんなに肩の力を入れなくてもいい。それでだ。君には、暫くここで臨時職員として働いてもらおうと思ってるんだが、どうかな?」

「…随分と突然な勧誘ですね。僕はまだ高校を卒業したばかりですよ。すみません。お断りします」


 どうかな?と言われても、自分は働く気も無ければそもそも生きる気もない。働くなんて、もう懲り懲りだ。…それに、自分を採用することなど、もう暫くしたらできなくなるに違いない。そろそろ雄二が警察に連絡しているはずだ。


「小此木くん!確かにここは危険な職場ですけど、小此木さんなら大丈夫ですよ。私達も精一杯お手伝いしますから!」

「そうね。というか、あなたには拒否権は無いわ。化け物に襲われたんですもの。どんな影響が心身にあるか分からない。経過観察の意味も兼ねているのよ。ご飯代ぐらいは、自分で稼ぎなさい」

「そういうことだ。小此木君。すまないねぇ」


 どうやら、これは決定事項のようだ。少しはこちらの事情も聴いてくれると嬉しいが、そんな気はさらさら無いだろう。労基に訴えたら勝てそうだが、この会社、防衛会社に関して言えば労基は手を出せない。こちらから断ることは困難だ。だとすれば、相手から断らせるしかない。


「…テレビ」

「うん?テレビがどうかしたのか?」

「テレビを見せてください」


 自分の言葉を聞いた三人は皆、困惑していたが、俺を説得するために必要だと思ったのだろう。笠野木さんが、壁にあるボタンを押してプロジェクターを作動させた。すると、壁一面に淡々と文字を読み上げる妙齢の女性が映し出された。国営の放送局が放送する夕方のニュース番組だ。

「チャンネルは?」

「このままでいいです」


 日本の魔法使用可能者が0.05割を超しました。これでおよそ50万人となり、ロシアに次ぐ第2位です。続いてのニュース…


「なぁ、小此木君。テレビなんて見て何か意味があるのかい?」

「あと少しだけ見させて、いえ、見てください」


 多分、後少しのはずだ。


「小此木さん。私、ニュースは苦手です」

「香苗。あなたは、いつも少し騒がし…」


 ピロロンと風香さんの会話を遮るようにして、テレビから甲高い音が響いた。


 速報、速報です。4日前に起きた殺人事件の捜査に進展があったようです。会社員の多田信二さんと主婦の良子さんが殺害されたこの事件ですが、捜査関係者への取材によると、今日の昼頃、化け物に襲われ行方不明になっていた少年の自宅から、凶器と思われる鈍器が発見されました。その少年の安否は不明です。現在、警察は少年の行方を捜索しています。繰り返します…


「これ、自分です」


 3人は固まっていた。笠野木さんは眉に皺をよせ、香苗さんは口をパクパクさせ、風香さんは、こちらを睨んでいる。一様に突然の出来事に困惑しているのか、黙りこくっている。


「これというのは?」

 香苗さんが恐る恐る聞いてきた。その言葉尻は細かく震えていて、質問というよりは単純に信じたくないといった様子だ。

「その、殺人少年のことです。それが、自分です。流石に殺人犯を雇うわけにはいかないでしょう?」


 殺人犯、自分の事をそう呼ぶには違和感が酷いが、この際気にしてはいけない。俺は殺人犯だと、自分に言い聞かせる。


「君は」


笠野木さんがゆっくりと口を開いた。


「君は本当に人を殺めたことがあるのか?」

 

 胸がはねた。背中に嫌な汗が流れる。動揺が顔に出ていないか手を当てて確認する。大丈夫。いつも通りの無表情だ。


「無かったら良かったんですけどね。後悔してますよ」

「野谷。さっき小此木君は自殺を試みた、と言っていたな」

「っはい。そうですが」

「それは本当だな?」

「本当です」


 笠野木さんは眉間にしわを寄せ「ふむ」と声を漏らした。その姿は、先程の優しげな雰囲気とは打って変わり、老獪で峻険な雰囲気であった。まるで、自分の事など全て分かりきっているかのように、少し頬を緩めてこちらを見ている。…気に入らない。こんな短時間で自分の苦労を分かったような気になられては、腹が立つ。あなたのような人格者には、自分の気持ちは分かるまい。


「だったら君は、ますますうちの会社で働くしかないわけだ」

「えっ」

「聞いたところによると、親御さんはもう亡くなっているらしいじゃないか。それに、殺人犯じゃ、もはや何処にも雇ってもらえないだろう。だとすればここで働くのがベストだ。そうだろう?」

「…殺人犯を受け入れるんですか?」

「まぁね、君にも悪い話じゃない。まぁ、仮に断ったら警察に突き出すけど」


 それは困る。警察に突き出されたら、非常にまずい。流石に警察署内で自殺するのは難しいだろうし、そして何より多田の殺人についてのボロが出てしまいそうだ。


「…分かりました。暫くお世話になります。」

「それは良か…」

「ただし」


大袈裟に手を掲げ、指を一本立てる。

例え自殺が失敗したとしても、親友の頼みだけは叶えなければならない。


「一つ条件があります」





「小此木啓二は死んだことにしてほしい、ねぇ」

「部長、食べ物を口に入れながら話さないでください」


 小此木少年。見た目は、少々窶れているものの、ごく普通と言える。言葉遣いも丁寧で、素行に問題があるように思えない。彼が殺人犯だと聞いても、誰も信じないだろう。現に自分は信じていない。彼は、何らかの理由で殺人犯を装っている。


「でも、小此木君は何で死んだことにしてほしい、なんて言ったんでしょう?」

「普通に考えれば、過去の清算とかかしらね」

「それって……やっぱり殺人の?」

「かしらね。自殺しようとした理由も、多分それだと思うわよ。あと、米粒がほっぺについてるわ」


 いや、本当にそうだろうか。野谷の話だと、彼は到底自殺をしたようには見えなかったというし、事実、状況的にも考えづらい。彼が殺人を犯していないと仮定した場合、一体なぜ過去を清算する必要が……。やはり、別の何らかの団体に加盟していて、そこから抜けるために…。


「部長さん、うどん伸びちゃいますよ」


いや、殺人というカバーストーリーを用意できるほどの団体となると、警察か、それとも政府からのスパイか…。


「部長さん!聞いてます?」

「ん、ああ聞いてる、聞いてる。すごい活躍だったな」


聞いてないじゃないですか!と頬を膨らませている部下を宥めながら、うどんを啜った。少し伸びてしまって、あまりおいしくない。


「野谷。君は、本当に小此木君が自殺をしたと思うか?」

「人を箸で指さないでください。…そうですね。あれはどう考えても自殺なんかじゃないです」

「だよなぁ。やはり、しばらく警戒するに越したことはないだろう」

「そう、ですね…。人を殺しちゃってますもんね」


 辻が肩を落としながら、ぼそぼそと声を漏らした。彼女が小声で話すのを初めて聞いたかもしれない。それほどまでに、ショックだったのだろう。


「辻。確かに小此木は警戒しなければいかんが、悪い奴ではない。殺人は許されることじゃないが、何か理由があっての事だろう」

「そう…ですよね。うん、そうです!」

「そうよ、香苗。後、小此木君をここに連れてきてくれるかしら。病院食だからといって、ベッドの上で食べる必要は無いのだから」

「分かりました!」


 そう言うやいなや、彼女は食べかけのご飯をほっぽり出して、廊下を全力で駆けていった。いささか単純すぎて不安になるが、これも彼女の長所だ。


「それで、部長。小此木君の要求を呑んで良かったんですか?」

「ん?ああ。自分で言うのもなんだが、結構地位は高いんだ。多少の偽造は容易いよ。もうそろそろ、ニュースでやるんじゃないかな?」

「は、早いですね」

 片眉を引くつかせながら、ハンバーグを頬張っている野谷を尻目に、小此木君の事を考える。が…


「分からん!」

「はあ?」

「そんな怖い目で睨まないでくれ。小此木君の事だよ。本当に分からん。君が言う通りの実力ならば、一般人でない事は確かだ。だが、それ以上は想像の余地を出ない。後は色々調べて、その結果待ちかな。」

「そう…ですね。味方だと良いんですが…。敵だった場合は、私では対処できません」

「まぁ、楽観視するわけではないが、仮に敵だとしても暫くは大丈夫だろう。わざわざ、こんな面倒な事をしてこの会社に入ろうなんて、ふつう考えまい」

「普通、はですけど」


 はぁ、と大きなため息をついた野谷は、いつも以上に鋭い目つきで考え事を始めた。また、いつもの自虐だろう。いわゆる“死神”の片鱗が表情から垣間見えている。

 そういえば、一瞬だが、小此木くんも今の野谷のような表情をしていた気がする。その時は、単純に機嫌を損ねただけだと思っていたが、実は何か意味があることだったのではないか。…流石に考えすぎだろうか。


 残りわずかとなった麺を一気に口の中へと掻き込む。ぐにょぐにょと嫌な感触がする麺を、漠然とした不安と共に飲み込んだ。



 



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