第九話
「そんなことより、今、竜一が、本当につらいことは、そんなことじゃないと私は、思いますけどね。」
そこで、細井さんは、今まで、ずっと目を離さなかった将棋盤から、目を上げ、俺の顔を眺めた。
将棋の方は、終盤に入り、細井さんの優勢で変わらず。
後は、俺が、最後まで将棋を指すか、それとも、投了するかといったところか。
俺としては、ここで、勝負手を指し、細井さんに一矢報いたいところである。
俺は、自分の持ち駒を見る。
角1枚、金2枚、銀1枚、歩3枚。
うまく、細井さんの陣を攻め続ければ、なんとか、逆転できそうな気がする。
だが、もう、細井さんの顔を見る限り、詰みまで読み切った表情である。
「負けました。」
俺は、力なく投了。
「細井さんは、相変わらず、俺の気持ちがよくわかるですね。なんで、俺が、将棋に集中できないとわかったです?やっぱり、将棋に俺の心が、現れていますかねぇ。」
「いいえ、そんなことはないです。竜一の将棋は、流石プロ棋士と思うような将棋を指してます。先程の将棋も、私が研究していた戦型だったから、勝ったのです。」
なるほど。
事前に研究していたのね。
俺は、その言葉に納得する。
現代の将棋は、どれほど、事前に研究していたのかがものをいう所が多い。
最初の一手から、最後の詰みまで、すべて研究されているものすらある。
だから、現代、人間が、あらゆる局を暗記、計算できるコンピューターに勝てなくなっている原因の一つでもあるのだろう。
その上、昔のように、その場にいる人しか、最新の将棋を観察できないわけではない。
テレビ、パソコンで、オンラインで、中継もされ、誰でも、いち早く将棋の棋譜を知ることができるのだ。
そう考えると、現代将棋は、どれだけ、悪手を打たないか、ミスをしないか、が勝負のカギになるといってもいいのかもしれない。
「じゃあ、私は、これで、失礼させていただきます。」
と、細井さんは、背筋を伸ばして、顔を上げた。
彼女は、これから、棋聖戦のテレビ解説のゲストとして、呼ばれているのだ。
「将棋の対局、ありがとうございます。」
俺は、細井さんに礼を言いながら、まだ、自分の将棋に何かが欠けているような気がしていた。
家で、パソコンで、将棋の研究するより、誰かと将棋を指した方が、何かつかめそうな気がしたのだかやはり気のせいだったのか。
「あ、そうそう。うちの師匠、親が、少しは、遊びに来いといってます。もし、暇だったら、次の土日でも、遊びに来てださい。いい気晴らしになると思います。」
細井さんは、俺の気持ちを察してくれのか、気の毒そうに言ってくれた。