第八話
「その上、将棋ソフトの向上で、わざわざ他のプロ棋士と練習試合をする必要もなくなってますしね。」
細井さんは、なるほどという感じで頷く。
「そうなんですよ。家で、パソコンで将棋を指していた方が、将棋も上達するし、何しろ、場所や時間もいらないですから。」
そこで、細井さんは、7二歩と指す。
対局の方は、中盤の激しい攻防に入り、駒の取り合いである。
お互い10分の持ち時間のため、深い読みはできない。
今まで、培ってきた将棋の感覚と定石で指す。
俺は、慣れていない振り飛車を採用したことで、かなり劣性といった所か。
どうも、自分が得意としない戦法を使うと、こういった持ち時間の短い将棋では、苦しくなることはよくある。
俺の対局時計が、チクチクと消費時間を刻む。
「ところで、竜一は、私と三条さん、どちらが将棋が強いと思います?」
「えっ。」
「世間では、私の才能は、三条さんに匹敵するといわれてます。でも、竜一から見て、実際、将棋を指したらどちら強いと思うかときいていますの。」
姉弟子と細井さんは、公式戦で、2回ほど対戦している。
勝敗は、1勝1敗で五分。
どちらも、お互いの持ち味が出たいい将棋だと聞いている。
そのことから考えると、細井さんは、姉弟子とほぼ同じぐらいの実力があるとみていいじゃないのかな。
「互角の力があるとみていいんじゃないんですか?。姉弟子の閃きと発想力なら、細井さんの読みと詰みの深さ。どちらが、強いかは判断しにくいと思いますけど。」
「そうね。将棋をはたから観察している人は、そう思ますわ。」
俺には、細井さんがいいたいことが良くわからん。
将棋とは、勝負事である。
勝負事である限り、運、不運が必ず生まれる。
まして、将棋を指すのが、コンピューターではなく、人である限り、その人の体調や、閃きにより勝敗は決まってしまうことがある。
とりわけ、世間から、天才、神童と言われる人間の集まりである将棋界で、天と地ほどの相手と棋力の差があるわけがない。
つまり、将棋の世界では、能力的に格下の相手が、格上に勝つことは、当然ありうる。
だが、そんな運、不運の可能性を考えても、俺と平手で将棋を指している細井さんが、姉弟子よりも劣っているとは、考えにくいのだ。
「あなたの姉弟子、三条さんの強さは、口で言えるものではないですよ。あの人の勝負に懸けるレベルは、私には到底及ばない。」
「それが、今の俺に欠けている物ということですか?」
「さあねぇ。私は、ただ、三条さんと公式戦を戦って感じたものが、勝負に懸ける気迫が違うと感じます。その気迫は、並みの棋士には、感じられないものなのです。何度も対局したあなたの方が、良くわかっていると思いますけど。」
そんなものが、今の俺に足りないのか。
姉弟子とは、何千局と確かに指した。
その中で、お互い勝つためなら何でも、試してみた。
今でも、気休めと言われるかもしれないが、対局には、必ず家の近くの神社で購入した小さなお守りを持っていきポケットに肌身離さず持っている。
ただ、将棋に勝つためだけに。




