第四話
師匠。
それは、プロの将棋指しになる上で、必要不可欠な人物である。
プロの棋士には、変人が多いと言われている。
将棋がなければ、コミュニュケーションが出来ないなんて、当たり前。
運動音痴、コミニュケーション障害、人格破綻、それでも、将棋が強ければ、世間に認めれる。
それが、将棋の棋士である。
しかし、そんな己の才能のみ必要である将棋の棋士であっても、絶対必要な人物、それが師匠である。
俺の師匠は、高杉涼七段である。
現在、順位戦C1組に所属しており、年齢は、52歳。
世間から、言えば、二流から三流の棋士といったところである。
しかし、俺が、この人に師匠になってもらうのに、どれだけ苦労したことか。
まあ、師匠から、すれば、弟子を取るメリットは、ほとんどないと言っていいからね。
自分の勉強時間を割いて、指導する必要があるし、何しろ、いずれ、自分の敵になる奴を育てるのだ。
よほど、プロ棋士が、その子に興味を持つか、何かのコネがなければ師匠になろうと思わないだろう。
俺が、どうやって、高杉七段の弟子になれたかは、また別の話にして、今、俺は、師匠と公式戦を行っている。
お互い、中盤の激しい駒の攻防が終わり、盤上は、既に、終盤であった。
俺が、優勢で迎えており、師匠が、投了を言うだけである。
しかし、師匠の顔は、いつもの冷静な顔ではなく、真っ赤になっており、手は、こぶしを作っている。
「負けました。」
3手詰み状態になって、ようやく、師匠は、負けを認める。
俺も、ついに師匠を超えた。
よくやった、竜一といってくれるのかな。
だが、師匠の反応は、違っていた。
「くそっ。」と叫ぶと、すぐに立ち上がり、「俺は、帰る。竜一、後は、片づけておけよ。」という捨てセリフを残して、座席を立つ。
「ちょっと、高杉先生、まだ、感想戦が。」
「そうですよ。まずいです。カメラが、回っているだし。」
記者や、年配の棋士たちが、師匠をなだめるが、
「何、言っているんだ。君は。師匠が、弟子に負けたんぞ。こんな恥を、受け入れられるか。」
いや、将棋界では、普通に、弟子が、師匠に勝つことはよくあるのだか。
「師匠。落ち着いてください。」
「いいか、竜一。一回勝ったぐらいで、いいきになるなよ。まだ、俺は、お前に抜かれてはいないからな。」
何、言っているんだ、このジジイ。
負けを認めればいいものを。
「ちょっと、姉弟子も、何か言ってくださいよ。」
俺は、今、俺と師匠の将棋の解説をしていた姉弟子に助けを求める。
だが、
「師匠、タクシーで帰りますか、それとも、電車で帰りますか。」
姉弟子!
あんたも、空気を読めよ。
「おお、和子か。今日は、歩いて帰る。じゃ、後は、よろしく頼む。」
もう、これだとダメだ。
師匠は、スタスタと帰っていく。
観戦記者も、あきらめたかのように、引き上げていく。
「あれは、帰りは、かなり荒れるな。」
「高杉先生は、まだ、将棋に関しては、弟子より、自分の方が上だとよく言っていたからな。」
何っ、陰で、そんなことをいっていたのか、あの人は。
本当に、師匠は、子どもが大人になったような性格である。
だが、将棋指しは、もともと負けず嫌いが多いからね。
俺も、弟子を取ってこんな風に追い越される日が来るのだろうと一人考えていると、まだ、対局室に残っていた姉弟子、三条和子が不意に声を掛けてきた。
「竜一、今日の対局は、どうだった?」
「どうって、普段通りに指しましたけど・・・・。受け将棋でなく、もう少し積極的に指したほうがよかったですかね?」
「そういうことじゃなくて・・・。」
姉弟子は、顔をしかめながら、
「今、自分の将棋に何が欠けているのかわかったかをきいているの。」
姉弟子は、そういうと俺の顔をのぞきこむ。